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ⅶ インド植民地ー東インド会社
千田 稔
胡椒・香辛料、茶、綿織物が「東インド会社の主要な三つの商品」（羽田正『東インド会社とアジアの海』講談社学術文庫、２０１７年、２５３頁）である。
北西ヨーロッパでは「冷涼な気候」で「手間とお金をかけても、限られた量の農作物しか収穫できた」ず、農産物価格が高く、工賃も高かったが、アジアでは温暖で「豊富に産する農作物の価格が安」く、工賃が低く、高品質・低価格の「インドの綿織物が北西ヨーロッパで爆発的に売れた」のである（３６６頁）。アメリカ大陸の銀は、北西ヨーロッパの人々に「有力な輸出用商品を持たずして物価が高いという二重のハンディキャップ」を克服させ、「アジアの海での貿易活動に参加」させた（羽田正『東インド会社とアジアの海』３６６頁）。
東インド会社は、「ほとんど元手をかけずに人の家から持ち出したお金（アメリカ大陸の銀）を使って、本来足を踏み入れる事のできないはずの店の一流品（香辛料、インドの高品質綿織物）を買い、それを自分の家に持ち帰って利用したり、売却して利益を得たりした」のである。これを２００年間持続して「北西ヨーロッパが全体として豊かになり、世界をリードする経済力を身につけ」、まさに「アメリカの銀とアジアの物産が『近代ヨーロッパ』の経済的基礎を生み出した」（羽田正『東インド会社とアジアの海』３６７頁）のである。
東インド会社は、１６０１年イギリス、１６０２年オランダ、１６０４年フランス、１６１２年デンマーク、１７３１年スウェーデン、オーストリアで設立され、「１９世紀の初めにはその役割を終えて消滅」した（２１－２頁）。１７世紀初め、ポルトガル、スペインがアジアに来たのは、「香料、綿織物、絹織物、陶磁器」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２８頁）などの交易が目的である。
当初はイギリス東インド会社はオランダ優位のもとで設立されるから、まずオランダの東インド進出過程から見てみよう。
(a) オランダ東インド会社
（イ）オランダの敵対国
当時のオランダが直面した難関は、①１７世紀初期「スペインやポルトガルという既存の海上勢力」と競合し、②後には「強国イギリス、フランスとの経済摩擦や戦争が見られた」事であり、ここに、「航海及び交易の自由は、貿易立国たるオランダにとって国の命運を握る重要な鍵」となった（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２７７頁]）。
イングランドは、「１６世紀当初より約１００年近くにわたって東方貿易に関心を抱いてきた」が、「ほとんどの東方権益は、ポルトガル、スペイン、オランダの手に握られ」ていた。スペインが「カリブ、中南米、そして太平洋を渡ってフィリピンへ勢力を集中させた」のに対し、ポルトガルは、「アフリカ沿岸からインド西海岸(ディウ、ダマン、ゴア、カリカット、コーチン)及びマラッカから今日のインドネシアに及ぶ広大な地域に影響力を保持した」ので、イングランドの東方進出は「ポルトガルの権益との衝突を意味した」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』専修大学人文科学研究所編、２３０、２００７年７月）。
１６世紀後半に、イングランドはカリブ海沿岸でスペイン権益に対し「海賊行為」を行い、それが原因で「スペインと衝突を繰り返し、１５８８年のスペイン無敵艦隊派遣のきっかけを作ることとな」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』２３０）った。
（ロ）オランダ東インド会社設立
オランダのアジア進出 オランダは、「国土の狭小さを補う必要があり、通商国家として活路を見いだそうとし」て、「オランダ商人はポルトガルが抑えているインド航路やスペインが抑えている大西洋航路を避け、東南アジアへの進出に努めた」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』２３０）。
１６世紀後半には、「ネーデルランドはポルトガルと組んで異国趣味的物産の大商売に乗り出し」、「ポルトガル人が、リスボンを彼らがインドまで行って求めてきた商品の大倉庫にして以来、オランダ人はそれらの品物をヨーロッパ北部ばかりでなく、地中海までも流通させるのに大きな役割を果たしていた」。しかし、１５８０年、フェリペ２世がポルトガルを征服すると、これは中断された。そこで、オランダは、経験あるオランダ船乗り、亡命ユダヤ人の資金を利用して、「自分たちでインドまで行く企てを抱」き、スペイン・ポルトガルに対抗しようとした（モーリス・ブロール『オランダ史』６１－２頁）。
１５８１年にネーデルラント連邦共和国（オランダ）は独立を宣言したが、それに対してスペインは１５８５年にオランダとの貿易を全面的に禁止して、オランダ船の拿捕命令を出した。そのため、オランダ商人はリスボンやアントウェルペンに入港できなくなり、アジア産の香辛料を直接手に入れなければならない情勢となった（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』２３０）。
これがオランダに東アジア進出を促してゆくのである。
オランダ東インド会社設立 そこで、１５９４年に「アムステルダムで共同出資の遠国会社が設立され、喜望峰まわりでアジアに向かう船団を編成」し、９５年に４隻の船が出航し、ポルトガル船との対立を回避しつつ、９６年にジャワのバンテンに到達した。それに刺激されて次々とオランダでインド関係会社が設立され、相互に競合するようになった（永積昭『オランダ東インド会社』講談社、２０００年）。こうして、１５９５－７年、オランダ人が「アフリカ大陸を迂回し、マダガスカルで冬を過ごし、ジャワに達し、そこから豊かな積荷とともに帰国」したことから、その模倣者が出て、「ファン・フェーレ」（遠方の）という「幾つもの団体」＝会社がつくられたのである（モーリス・ブロール『オランダ史』６３頁）。オランダの毛織物工業はスペインを圧倒し、銀はアムステルダムに直接やってくるようになった（永積昭『オランダ東インド会社』）。
その後１６０１年までに「会社が林立し、競合してしまったので、利益を取り合うようになり」、かつ１６００年にイングランドに東インド会社が設立されたので、１６０２年、アムステルダムの少数の商業資本が連邦議会とともに連合東インド会社、或いは合同東インド会社を設置し、オランダ語の頭文字をとってＶＯＣ（
(Vereenigde Oostindische Compagnie）と称した。定員６０人の取締役団の上に「十七人会
Heeren ⅩⅦ」と呼ばれる重役会がおかれた（永積昭『オランダ東インド会社』）。これは、資本金６５０万フローラン、「喜望峰とマゼラン海峡以遠における商業の独占権」をもった（モーリス・ブロール『オランダ史』６３頁）。
東インド会社では、①アムステルダムが資本金６５０万フローリンの株の過半数３７０万フローリン分を持ち、「他の州と都市が残りを持」ち、②「スペインとポルトガルの商売と植民地を次々と奪い、その事業は躍進に躍進を重ね」、③配当は「最初の年に７５％」、「その後も４０－５０％の配当は普通であり」、④「創業６年後には資本は３千万フローリンに増加」した（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１４２頁）。①を補述すれば、この資本金６４２万４５８８ギルダーは、１６００年設立イギリス東インド会社の資本金の約１０倍であり（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２７８頁]）、「行政官や終身経営委員会や、各市の商人寡頭制に属していた『１７人の紳士たち』が株式の大部分を抑え」（モーリス・ブロール『オランダ史』６３頁）ていた。
オランダは「北米大陸では、デラウェア以北の北東部とニューアムステルダムを領有し」、オランダ東インド会社員ハドソンは「北西航路による東インド到達」をめざし、「アメリカの北部を探検し」、ハドソン湾を発見した。さらに、イギリスよりも一世紀前に、オランダが「ニューホラント（後のオーストラリア）、タスマニア、ニューゼーラント」も発見した（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１４３頁）。
英国のテンプル大使によれば、オランダは「喜望峰、ペルシャ湾など、ジャワにいたる各処の拠点にも・・植民地を建設し」「第一級の世界帝国となり」、「西半球の富はアムステルダムに集まった」のである。オランダ東インド会社は、「たちまち英国の東インド会社を凌駕した」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１４２－３頁）のである。
スペインのオランダ潰し スペインはフランスに介入しようとしたので、１５９８年、フランスのアンリー４世は、「スペインの軍事介入の危機からフランスを救うため、自らカソリックに改宗してナントの勅令で信教の自由を宣言し、これによってスペインは介入の口実を失って平和条約を結んだ」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１３７頁）。
一方、スペインにすれば、オランダは「今や統一成った一大強国」であり、しかも「英西両国の海上覇権争いの漁夫の利を占めて、経済は躍進し、その上、海上ではしばしば英国海軍と組んでスペインに敵対してい」た。スペイン国王フィリップ３世は、「オランダ繁栄の源であるスペイン貿易を封鎖して、オランダの息の根を止め」ようとした。しかし、スペインが、「海軍の実力が昔日の比でない所まで成長していたオランダ」を経済封鎖した事は、「スペイン帝国の命取りの一つの原因」となった。スペイン、ポルトガルは、オランダ対抗措置として、「オランダ船の捕捉撃滅」、「オランダと取引した植民地や土侯国」の処罰を行なった（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１３７－９頁）。
オランダの反撃 １６０１年、スペイン、ポルトガルは「オランダ人と通商した罪に対する見せしめの罰として、まずジャワ島のバンタム市を襲撃、破壊しようとした」が、たまたま入港していたオランダ商船５隻（ヘルマン・ヴォルフェルト船長）が、「巨大なポルトガル艦隊を攻撃し、数隻を沈め、２隻を捕獲し、ポルトガル艦隊をジャワから追い出」した。ヘルマンは、「解放者として歓迎されてバンタムに入港し、ジャワの入植地の基礎を築いた上に、香料群島にも赴いて、バンダの住民との間に通商航海の条約を結んだ」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１３９－１４０頁）。
ヘルマンは、「スマトラのアチンの王とも条約を結び、アチンの使節をヨーロッパに招いて」、「躍進するオランダの産業、経済の実情」を見学させた。同じ頃、ファン・ヘームスケルク（オランダの大航海者）は、「マレイ半島のジョホール王と仲良くな」り、王が「真珠、香料、綿などを満載したポルトガルの大型武装商船」が通峡する事を知らせると、ヘームスケルクは２隻の小型船でこの巨船を捕獲し、百万フローリンの戦利品を得た。こうして、オランダ船船長は、「東アジアの各地を巡航して、ジャワ、スマトラ、香料群島、マレー半島だけでなく、セイロン、マカオの当局とも友好関係を結んだ」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１４１頁）。
１６００年、オランダの「マヒューとデ・コルデスの艦隊の一隻」リーフデ号が、「マジェラン海峡を通る南西のアジア航路を試」み、失敗して、日本に漂着した。「徳川家康の知遇を受けた三浦按針（英国人）」もリーフデ号船員だった。１６０９年、強国オランダは日本との本格的通商を開始した（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１４１頁）。
１６０７年、オランダ海軍司令官ヘームスケルクは、「３０隻の艦隊を率いてジブラルタル沖でスペイン艦隊の主力を捕捉し、敵船２１隻を撃沈、拿捕」し、「地中海の制海権を奪」った。１６０９年、スペインは、「七つの海におけるオランダ海軍の跳梁ぶり」で「対オランダ戦争の先行きの見通しを失」って、オランダと休戦し和平を求めた（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１４２頁）。
（ハ） オランダ東インド会社の正当化ーグロティウス
こうして、オランダが海洋帝国として興隆しはじめる過程で、スペイン、ポルトガルに対して東インド貿易を法的に正当化していく。
オランダ貿易正当化 １６０３年、ヤコブ・ファン・ヘームスケルク率いるオランダ船団は、「シンガポール島の東沿岸に停泊していたポルトガル船サンタ・カタリナ号と戦い、積み荷ごと拿捕」した。この時に取得した「中国や日本の物産からなる戦利品」は東インド会社に「大きな利益」をもたらした。当時、「アジア交易はポルトガルが独占権を主張していた」が、新興国オランダは、「民間の東インド会社を束ねた特権会社を設立して、本格的なアジア進出を開始した所であった」（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２７８頁]）。
１６０４年、「オランダの海事裁判所が、「捕獲した船舶と船荷をＶＯＣ（東インド会社）の合法的獲得物として認めたため、戦利品の合法性と権利者に関する問題は決着を見た」が、「ＶＯＣの出資者の中に拿捕の正当性を問う動きが見られた」ので、「上層部は、これに対抗する必要性を感じ」、「拿捕を含む好戦的な同社の行動を弁護する著作を書き上げ」、「この仕事が当時２１歳の弁護士グロティウスに託され」た。そこで、グロティウス（Hugo
Grotius）は、「政治学的、法学的、倫理的な議論を展開し、ポルトガル船に対するオランダ人の拿捕行為を支持し」、『捕獲法論』を書き上げた（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２７９頁]）。
１６０９年、グロティウスは、『自由海論ー東インド交易に参加するオランダ人の権利に関する論考』を発表し、オランダの「アジアにおける権益の拡大保持を正当化」した。グロティウスは、当時「スペインがオランダとの和平交渉において、東インド交易の独占を強硬に主張』したことに対抗して、『自由海論』を刊行して「交易の自由と航海の自由」を提唱したのである。この『自由海論』は、「『捕獲法論』の一部に手を入れたもの」で、そこでは「ＶＯＣの事業活動を正当化する独自の議論が展開されている」（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２７８－２８０頁]）。
即ち、グロティウスは、①「東インド交易の独占を主張するスペイン、ポルトガルは、万人に認められるべき重要な権利を侵害している」と批判し、②「交易及び航海の権利」を重視し、「地域によってモノの過不足があるのは、神が交換を通じた友情を意図しておられるから」、「交易は自然の理に適っており、神ご自身が望まれた活動であ」り、③「海は万人に開かれており、決して占有できない空間であ」り、故に「発見、教皇による贈与、慣習など、ポルトガルが挙げた数々の論拠は、海の占有を認めるものではない」（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２８０頁]）と批判した。
そして、グロティウスは、スペイン、ポルトガルの東インド交易独占は「万人に認められた権利を侵害する行為」と批判し、この違法状態を解消するために「ポルトガルに対する武力行使」は「権利と正義の行為」（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２８０頁]）とした。これは、、交易は神の意図、自然の理に基づくとした上で、侵略方法をめぐる対立なのであり、あくまで侵略国側の調整でしかない。国際法というものが、この時期、こうした侵略国側の利害調整としてなされた事が留意されよう。
イギリスとの対立 その後、オランダ共和国は、「東インドにおける存在感を急速に高め、追う側から追われる側へと立場を変えてい」き、新たな競争相手としてイギリスが登場し、１６１３－５年、「オランダとイギリスは東インドにおける交易活動に関わる交渉を行な」い、イギリスはグロティウス『自由海論』を援用して、「交易、航海の自由を持ち出して、オランダが独占する香料諸島（モルッカ諸島）での交易を認めるよう」に迫った（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２８０頁]）。
この時期のＶＯＣは、「スペイン、ポルトガル勢との戦いを続行しつつも、新たにアジアに乗り出したイギリスと激しいつばぜり合いを演じ」、香料諸島では、「イギリス人がオランダの実力支配に対抗し、ＶＯＣが現地人との間に結んだ独占契約をかいくぐる形で権益の拡大をはか」り、オランダは、「イベリア勢力との戦闘継続に必要な資金を稼ぎ出すためにも、（イギリスの）交易の開放要求には絶対に応じられ」ず、グロティウスは「イギリスの要求を拒絶することの正当性を主張する必要に迫られた」。グロティウスは、①「契約は尊重しなければならない」とし、②既にＶＯＣが「現地の君主たちと独占販売契約を交わしていた」以上、「イギリス人が魅力的な買い取り価格を提示して現地人を『そそのかす』こと」、「『少数の』現地人が独占契約を履行しないこと」は「犯罪行為」となり、オランダ人は「これらを罰することができる」とした（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２８１頁]）。
イギリス代表団は、「交易、航海の自由は普遍的であり、そうした権利を侵害する契約内容そのものが無効」と理解したが、グロティウスは、①「交易、航海の自由は普遍的であり、そうした権利を侵害する契約内容そのものが無効とされる」事を批判して、②「交易・航海の自由を行使する・しないの判断は個々に任されているのであり、自由をあえて行使しないという内容の契約も有効であ」り、「現地人の主権を制限する契約であっても、それが相互の合意の下で交わされているのであれば、オランダは遵守を強制できる」と主張した。グロティウスの描くＶＯＣは、「島民たちをスペイン、ポルトガルの横暴から守る正義の使者」であり、「圧制者の脅威から現地人を解放し、生命と財産を永続的に保護する義務を負」うとしたのである。だからこそ、「香料諸島の君主」は「これに感謝」し、「ＶＯＣを唯一の取引相手」としたとする（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２８１頁]）。
しかし、①現実には、「ＶＯＣが契約に違反した現地の『反乱者』を容赦なく罰する姿は、オランダ側の主張の説得力を大いに減じるもの」であり、②「自由意志による『契約』をたてに現地人から交易に関する自由を奪い、従わない場合は』暴力も辞さない」事は、植民地主義そのものなのである（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２８２頁]）。そもそも、オランダが、スペイン、ポルトガルには交易自由を主張し、イギリスには現地との契約優先を主張し、法律的整合性に欠けていた。それでも、オランダは優勢な軍事力で押し切ったのである。
（ニ）オランダ東インド会社の発展
現地支配の鬩ぎ合い 現地支配をめぐって、ポルトガルの抵抗をはねのけながら、オランダとイギリスとは、どのように角逐していたのかを見てみよう。
イングランド東インド会社は、「綿織物の産地であるインド亜大陸にも目を向け、ポルトガル人の抵抗に遭いながらも、１６０８年にはじめて西北インドのスーラト港に船を送」り、「北インドを支配していたムガル帝国の皇帝ジャハンギールから、有利な条件で貿易を行うことを許された」（羽田正『東インド会社とアジアの海』講談社学術文庫、２０１７年、１００頁）。
１６１１年、イングランド東インド会社は、現地支配者から東インドのマスリパトナムに商館設置を許され、１６３９年に「地元の領主の招きによって、マドラスを新たな拠点とさだめ」関税を免除された（羽田正『東インド会社とアジアの海』１００－１頁）。ムガール帝国は、「北西ヨーロッパの人々に少々の特権を与えても自らの政権や領土が危険にさらされるとはまったく思わなかった」こともあって、「オランダとイギリスの東インド会社は、ポルトガルの『海の帝国』の鎖を破り、アジアの海のほぼ全域で貿易活動を行うようになった」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１０４頁）のである。
１６２３年アンボイナ島のイングランド東インド会社がオランダ人に襲撃されて館長らが処刑されて以後は、イングランドは「東南アジアでは、オランダ東インド会社の攻撃を避けながら、バンテン（ジャワ島西部）やスマトラ島での胡椒購入とマカッサル（スラウェシ島の南部）での高級香辛料購入」に従事するにとどまった（羽田正『東インド会社とアジアの海』１００頁）。
植民地拡大 オランダ東インド会社は、「最初の占領者たちであるスペイン人やポルトガル人に対して成功を収め」、「１２年間の休戦期間中にも戦争を継続し、１６４１年にはマラッカを占領し、彼らを決定的に排除」したが、イングランド東インド会社は「オランダの会社にとって代わろうとしていた」。しかし、オランダ会社の「残酷」総督ヤン・ピーテルスゾーン・クーンは、「イギリス人が彼に対抗させようと仕立てていた原住民たちを打ち破り、バタヴィアを建設し（１６１９年）、イギリス人が当初同社から多くの特権を得ていたモルッカ諸島から彼らを追い出し」、原住民に圧政を行なった。しかし、オランダは対仏関係から第二次英蘭戦争を終結させるために、１６６７年ブレダ（オランダ南部）条約を締結し、オランダはニューアムステルダムなど北米植民地をイングランドに割譲したが、代って「マレー諸島における同社の全面的勝利」（モーリス・ブロール『オランダ史』６４頁）を得たのであった。オランダにとって、貿易上、北米植民地より東アジアを重視したのである。
ヤン総督の後継者のファン・ディーメンは、①「マラッカやセイロンの一部をも征服」し、②「インドの東南海岸や西海岸、日本や台湾にまで支店を出し」、③オランダ人タスマンは「暫くの間ファン・ディーメンの地と呼ばれたタスマニアとニュージーランドを発見」した（モーリス・ブロール『オランダ史』６４頁）。
１６５２年には、オランダ会社は喜望峰への植民を始めた（モーリス・ブロール『オランダ史』６４頁）。オランダは、喜望峰経由で東アジアを支配する最強のヨーロッパ帝国の一つに躍進していたのである。
西インド会社 ウィレム・ウセリンクは、①「スペイン植民地に対抗する種々の努力を調整することによって和の徹底に寄与する」事、②「原住民に福音を伝達し、西欧の祖国に新たな富める領地を与える」事を二大目標としたが、宰相オルデンバルネフェルトがこれに反対した。しかし、１６１９年この宰相が処刑されて、西インド会社が設立され、①ブラジル・ナッサウでは「ヤン・マウリッツの巧みな統治のもとで、オランダ人が特に木材の取引きを行なった」が、ポルトガルとの戦いに敗れて、その組織をポルトガルに譲り、②「ギアナ（スリナム）、西インド諸島（アンティル）の一部、それに黒人の売買が本質的な活動であったギニアに支店」を設置した（モーリス・ブロール『オランダ史』６５頁）。
北アメリカでは、１６２６年頃、「ハドソン川の河口にニューアムステルダムを首都とするオランダの植民地が設けられ、毛皮やタバコの取引きが、特にピーター・ステュイヴェルサント総督のもとで植民者たちにある程度の繁栄をもたらした」（モーリス・ブロール『オランダ史』６５－６頁）が、前述事情で１６６７年ブレダ（オランダ南部）条約でイギリスに譲渡された。
国際情勢の一時的恩恵 バーカーも指摘するように、「オランダは口では理念として自由貿易を標榜しながら、実際には世界各地で貿易の独占に腐心し」、「スペイン人を植民地から駆逐した後、各地域と結んだ取り決めでは、出来る限り独占条項を挿入しようと努めた」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１８２頁）のである。
「オランダの運命に決定的な影響を与えたのは、国際情勢の変化」であり、「１７世紀半ばまでのオランダの繁栄は、オランダを取り巻く国際情勢の好運（①１６１８－４８年の３０年戦争で「経済発展など全く念頭になく」、②イギリスは「１６２５年から１６４９年までの間に王党派と議会との抗争が内戦にまで発展し、外を顧みる余裕などなかった」）に援けられた所が大き」く、「オランダだけが、すでに勢いの衰えた南部戦線以外では安定と平和を維持し、ヨーロッパ中の避難民がもたらす財産、産業、技術を吸収し、独り稼ぎまくっていた」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１８５－６頁）。
しかし、「三十年戦争の終結によってローマ教会とスペインの脅威が去」ると、「国家間の経済的利害対立が急に浮かび上がって来」て、オランダの命運に暗雲を漂わせだした（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１８６頁）。
オランダ発展 北部ネーデルラントは、「スペイン＝ハプスブルグ家君主に対する反乱の最中に、辺境の一所領からヨーロッパ経済の中心たるオランダ共和国へと劇的な変貌を遂げた」。１６世紀末から１７世紀初頭、オランダは「驚異的な経済発展を経て」、１７世紀の黄金時代を迎えることになる。オランダ共和国の一人当たり国民総生産は、「つねにヨーロッパ最高の地位を占め、その優位は１７世紀のみならず、衰退期とされる１８世紀を通じて維持された」（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』昭和堂、２０１３年、２７７頁]）。
「オランダが誇った大規模な海上貿易」は、「こうした未曾有の経済成長を支えた原動力であ」り、１６世紀末以降、オランダは、「バルト海、イベリアから地中海、さらには東・西インドへと活動範囲を拡大してい」き、１７世紀半ばの商船団規模は「イギリス、フランス、スペインの合計より多」く、「世界的な『商業帝国』」になった。さらに、オランダは、各種水産業（ニシン漁、捕鯨業）、船舶産業（造船、製材、帆布・ロープ製造）が「幅広く展開」（大西吉之「オランダと海」[金沢周作編『海のイギリス史』２７７頁]）した。
オランダ東インド会社の高利益 「東インド会社は巨利を博するのに慣れて、地道な海運業をいやがり、独占貿易の維持に精力を費やし」、①「オランダの艦隊は香料の原産地を定期的に訪れ、自分の支配下以外の場所の香料の木を切り倒すこともし」、他のヨーロッパ諸国に「強い不満」を抱かせたり、②ある時期に「胡椒の独占に成功したが、成功するや否や価格を上げて、二、三年で３千％の利益を上げた」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』１８２頁）。
（へ） 東インド会社の衰退・解散
英蘭（プロテスタント国）関係は、１６４８年ミュンステル条約で「８０年に及んだオランダとスペイン（ローマ・カソリックの君主国）との戦争」が終わった途端に悪化し、「英国はオランダの経済力を脅威と感じるようにな」った。ここに、１６５２年第一次英蘭戦争、１６６５年第二次英蘭戦争、１６７２年第三次英蘭戦争が始まり、１６８８年の名誉革命以後には、「英蘭両国がフランスを共通の脅威と考えるようになるまで続いた」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』２１－２頁）。
こうした英蘭戦争や仏蘭戦争で国力を消耗する中、１６８９年英国議会は「権利章典を採択してウィリアムズを国王に迎え」、ここに「王の専制を排除する近代議会民主制度が英国に確立」し、「英国の名誉革命」となる。この時のオランダは、「オランダの世界帝国はもう昔日の影もなく衰微し、世界の最先端を誇ったその経済も、新興の英仏両国の重なるオランダいじめのために二流の地位に転落」し、「政治、軍事においても経済においても、オランダの世界的役割は終り、代わってその運命は大国の手によって翻弄される時代となる」（岡崎久彦『繁栄と衰退とーオランダ史に日本が見える』２８１－２頁）。そして、１７９９年１２月、オランダ東インド会社は解散し、イギリスに接収された。
オランダの脆弱性については、拙稿「覇権国スペイン、オランダの脆弱性」を参照。
次には、このイギリス東インド会社を考察してみよう。
(b) イギリス東インド会社
（イ） 成立の背景
アジア進出 大侵略時代に遅れて参入した「イギリスの課題」は、「アジア進出の足がかりをつくることにあ」り、１５６０年代、フランシス・ドレイクは「ジョン・ホーキンズの奴隷貿易事業（アフリカで奴隷を獲得し、カリブ海のスペイン入植地で取引する）に加わり、サン・ファン・デ・ウルア（メキシコ湾岸）でのスペイン艦隊との激しい戦闘も経験」した。この事件は「両国の関係を大きく悪化させ、それ以降の大西洋・カリブ海では、ホーキンズやドレイクに代表される海賊・私掠者によるスペインの拠点や船舶への略奪が相次いだ」（「探検・科学」[金沢周作編『海のイギリス史』昭和堂、２０１３年、３０頁]）。
１５７７－８０年には、「ドレイクによるイギリス初の世界周航」がなされる。こうした「ドレイクの探検航海」は、「スペインへの対抗戦略として計画された」のであり、「莫大な戦利品（「大漁の銀を積んだスペイン船を略奪」したり、モルッカ諸島の香辛料を獲得した）をもたらすだけでなく」、「イベリア勢力が特権的に進出していた太平洋・インド洋方面での商業活動に、イギリスが割り込み得ることを示す」（「探検・科学」[金沢周作編『海のイギリス史』３０－３１頁]）ものとなった。
１５８０年、「ドレイクに触発され」て、「交易の可能性」を探る「アジアへの探検航海」がなされたが、「他国の船の略奪」をしたり、長期航海で「多数の船員」が死亡したりして、「どれも成果の乏しいもの」であった（「探検・科学」[金沢周作編『海のイギリス史』３１頁]）。
一方、既に１５７０年代からは、前述の通り、北米植民に着手していた。
オランダの脅威 「エリザベス１世の東方海上貿易に対する消極性」は、１５８８年までは「スペインへの配慮」、それ以後は「強大化するオランダ海軍の脅威」に起因していた。やがて「オランダ型積極外交を求める貿易商人達の要求に一部答える形で、イングランドも地中海、レバノン、ペルシャ湾岸を通ってインドや東南アジア諸島へ達する陸路の開拓を目指そう」とし、前述のように１５８１年レヴァント・カンパニー(Levant Company)等の試みがなされた（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』専修大学人文科学研究所編、２３０、２００７年７月）｡
（ロ） 東インド会社の設立
貿易特権 喜望峰周りの東インド会社の登場までは、イングランドは、前述のレヴァント貿易で、東インド商品を「地中海やモスクワを経由して陸伝いに入手しようとしていた」（羽田正『東インド会社とアジアの海』８１頁）。なぜなら、当時の東インドと貿易するには、①「遠洋航海に耐える頑丈な船」を最低３－４隻必要な事、②東方物品購入の銀を準備する事、③相当数の船員を確保する事などから、「多額の資金が必要」であり、最低でも帰国するまで１年半以上は「出資金は回収」できないというリスクを負う必要があったからである（羽田正『東インド会社とアジアの海』８０頁）。
確かに以前にも「政府の後ろ盾の無い個人の努力による東方遠洋航海の事例はあ」ったが、「全て失敗に終わり」、ロンドン商人は、東インド会社（East
India Company）の「確実な成功を期して」、リスク回避のためにも、エリザベス一世に「東インドとの貿易を・・独占する」事を要望した（羽田正『東インド会社とアジアの海』８２－４頁）。女王側は、「特許状による独占的交易を東インド会社に認めることで、危機的状況にあった王室財政に多大な資金が流入すること」や、停滞経済の活性化などを期待して、１６００年１２月３１日に女王特許状による東インド会社が設立され、１５年間独占を許される（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」、羽田正『東インド会社とアジアの海』８２－４頁）。
東インド会社が受けた特権は、「レヴァント・カンパニー（地中海貿易の独占会社）等が受けたものよりかなり恵まれ」ていて、「東インド会社は征服と植民地化ではなく、貿易と利益の追求に専心することが規定され、そのためにイングランドと東方間の交易の独占権が付与され」、「国策植民会社でな」く、「オランダ東インド会社と違い・・・当初は国家の関与が最小限に抑えられていた」のである（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。こうして、設立当初は確かに「武力による領土の獲得は考えていな」かったが、既に東アジアに諸王国があるから、まだそれらを武力占領できなかっただけである。だから、当初は「アジアの豊かな物産を取り引きする貿易によって利益を上げ」（羽田正『東インド会社とアジアの海』８４頁）ようとしたに過ぎない。
そして、東インド会社の資金需要をを満たすべく、株式会社による共同出資が実施された。既に、この株式会社は「ベニスやオランダの経験から取り入れられ」、ロシア会社、レヴァント会社にも導入されていて、１６１３年に東インド会社にも「共同出資(First
Joint Stock)は・・始められ」、東インド株は「ロンドンのレドゥンホール街の東インド会社本社(East India
House)で取引された」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。そして、同社決算に関しては、レヴァント会社の決算方法（「資金は一回の航海ごとに集め、航海が終わると、出資率に従って元本と利益を出資者に戻す」）が参考にされた（羽田正『東インド会社とアジアの海』８１頁）。
ロンドンの本社には、①「東インド館」（ロンドン）、造船所、倉庫、退役水夫用病院があり、②４月に株主総会を開き、２４人の取締役を選出し、③５００ポンド株券に１票の投票権があり、④週に一度以上の取締役会で「船の派遣計画、積み荷の計画、持ち帰られた商品の販売計画、アジア各地の商館への訓令と人事」などが検討された（羽田正『東インド会社とアジアの海』１１０頁）。
最初の船団 １６０１年３月、イギリス東インド会社の四隻のランカスターの船団（５００人、大砲１１０門）が、「ポルトガル人の海域支配が行き届か」ない東南アジア（スマトラ、ジャワ）に向かい（羽田正『東インド会社とアジアの海』８２－３頁）、「ジャワのバンタムにアジア初のイギリス商館を設置」し、ここに、「イギリスは、インド洋におけるポルトガルおよびオランダとの商業上の争いに、本格的に参入していくことになる」（「探検・科学」[金沢周作編『海のイギリス史』３１頁]）。
１６０３年に帰国し、十分な利益を確保し、以後「１０年間の利益率は１５５％」であったが（羽田正『東インド会社とアジアの海』８２－３頁）、後述の通り以後はオランダ側の反撃に直面して、苦境に直面してゆく。
植民方式 前述の通り、東インド会社の業務は植民活動ははずされて、あくまで貿易活動に限定されていた。
東インドは、「ホワイトホール（元来はロンドン中心部の国王ヘンリー８世宮殿の呼称だが、本国政府の意味）から遠」かったので、「土着にせよ、外来にせよ、現地における勢力に主導権があった」（ポール・ラングフォード「序論 時間と空間」[ポール・ラングフォード編『オックスフォード ブリテン諸島の歴史』８、２０１３年、３７頁）。この点はアメリカも同じであったが、前述の通り、アメリカ本土には東インド会社のようなものはなく、個人、貴族、会社が１３州植民地を開拓・経営しつつ、課税などは本国議会が決定していた。
アメリカは各地に自弁で軍事力を備えつつ弱小先住民を武力制圧しつつ建国された植民地であり、本国イギリス政府と対立した場合には各地自弁武力で本
国と戦い独立することも可能であったとすれば、ヨーロッパの一島国イギリスが大国インドを完全に植民地にしてゆく過程は、イギリスが東インド会社を使ってインドの弱点にじわりじわりと喰いこみ、最後に東インド会社を介さずに植民地化のとどめを刺すというものであった。
レヴァント会社の対応 レヴァント会社の有力者たちは、「オランダ人による喜望峰経由の東インド貿易のめざましい成功を知り、このままでは東方貿易の分野で、彼らに太刀打ちできなくなる」として、「自分たちも東インド貿易に直接乗りだそう」（羽田正『東インド会社とアジアの海』８１頁）とした。あくまで、レヴァント会社は、オランダ東インド貿易の顕著な発展に危機感を覚えて、東インド貿易に乗り出そうとしたのである。
レヴァント会社の関係者は、イングランド東インド会社の第一回航海に必要な資金の３分１、取締役２５人の半分を提供し、また、モスクワ会社（ロシア経由でペルシアやインドとの貿易を試みる会社）やヴァージニア植民協会の株主も、「東インド会社に投資した」りして、総額６万８３７３ポンドが集められた（羽田正『東インド会社とアジアの海』８２頁）。
（ハ） 初期の経営苦境
オランダの優勢 オランダ東インド会社は、１６０２年の創設以後、イングランド東インド会社よりも「資金調達力に優れ、より装備に勝る船団を持ち、東方香辛料のヨーロッパへの輸送の独占確保のために必要なあらゆる手段を用いる体制」を備えていた。明らかにオランダ東インド会社がイングランド東インド会社より優勢であり、これを背景に１６２３年にはモルッカ島のアンボイナでオランダはイングランド商館員を虐殺した（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」２３０、２００７年７月、羽田正『東インド会社とアジアの海』１００頁））
香辛料交易から撤退 １６２４年５月の国王宛嘆願書で、イングランド東インド会社は、「力不足からこの地域での交易の放棄を決定し」、「残る船舶や製品の本国への移送のため支援を要請」した堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』）。
しかも、ヨーロッパ人が好んだ高級香辛料は「インドネシアの東部、マルク諸島とパンダ諸島」のクロウヴ、メイス、ナツメグであったが、「この地域では、クロウヴを特に多く産するテルナテ島とティドーレ島にイスラーム教徒の王（スルタン）がおり、勢力を二分して対立抗争を続けていた」（羽田正『東インド会社とアジアの海』９１頁）。
以後、イングランド東インド会社は、オランダの攻勢とインドネシア東部スルタンの対立によって、「東方香辛料交易から徐々に撤退し、オランダ権益との直接衝突の可能性の少ないスラートやマスリパトナム等のインド亜大陸での交易に活動の拠点をシフトしてい」った（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」『専修大学人文科学研究所月報』）。
こうして、イギリス東インド会社は、当初は「莫大な利益をあげることができる東南アジア一帯の香辛料貿易に参入した」が、「組織力・資本力にまさるオランダ東インド会社（ＶＯＣ）というライバルと衝突すると、ただちに方向転換してインド貿易にきりかえた」（バーバラ・Ｄ・メカトーフ、トーマス・Ｒ・メカトーフ『インドの歴史』６９頁）のであった。
経営不振 東インド会社は、当初、こうした香辛料貿易の不調で経営的には苦しかった。
さらに、東インド会社は、①「１６２８年以降しばらく続いたヨーロッパの経済不況は、東インド会社の将来に一時的にせよ陰りをもたらし」、「３０年戦争も交易にとっては大きな負の要因であり、加えてグジャラートにおける戦争や飢饉はスラート商館の近郊地域を荒廃させ、会社は活動の中心をベンガル湾側のマスリパトナムに移さざるをえず、結果として収益の減少をもたらし」、②「会社の成長と拡大は、商館員の給与や商館建設、商船等の武装護衛、人員の増大等に伴う経費の拡大をも誘発し」、収益は不十分となった（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
特権批判 王室財政危機打開のために、１６１８年、ステュアート王朝のジェームズ１世は「ジェームズ・カニンガム卿を中心としたグループによるスコットランド東インド会社設立要請に認可を与え」たり（ただし、「この時は東インド会社による設立反対のロビー活動や王室への追加的財政支援金の提供もありスコットランドへの特許状は撤回され」る）、チャールズ１世も「コーティーン協会 (Courteen Association)という私的交易グループに、東インド会社船団の活動地域以外での東方交易に対し特許状を発行」した。結局、「この協会が王室財政に貢献することは無かった」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
しかし、１７世紀に東インド会社が成長期に入る頃から、「その特許状と貿易特権に対する激しい反発が聞かれ始め」、「このような独占批判の議論が東インド会社の存続にとって・・危険なもの」となった。これに対して、東インド会社の支持者達は、「イングランドの競争相手国も東方貿易においては独占を確保しており、独占貿易においてのみ東方での成功を勝ち得るとの主張を展開し」て、反発回避を試みた。イングランド大内乱(１６４２－４９年)も、「東インド会社の経営にとって難しい局面を作り出し」、「会社内部が王党派と議会派に分裂したことが会社の経営上は致命的であった」が、終戦後には「会社内の王党派は追放され、東インド会社は議会派支持で統一され」たが、新政府融資を強制される結果となった（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
しかも、１６５３年にオリヴァー・クロムウェルは、「一旦東インド会社の特許状を更新しないことを決め」、以後５年間、「イングランドの東方貿易は崩壊し、貿易商会も国家も共に東方貿易からの利益が得られない状況」に陥った。ここに、１６５７年に、クロムウェルは「東インド会社に対し新しい独占特許状の交付に同意」した。このクロムウェルの特許状とそれを承認するチャールズ２世の特許状（１６６１年）は、①「会社が永続的な資本を保有することを認め」、②「東インドにおいて会社が司法権、貨幣鋳造権、貿易活動を守るための軍事権、・・違法貿易船を検挙する権利」を持つことを承認し、ここにイギリス東インド会社の体制は「漸く固まった」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１０９頁）。
こうして、東インド会社の政治的・軍事的体制によるインド支配の方向が打ち出されるまでに、創設以後５０年間かかったことになる。
（ニ） インド進出の着手
東インド会社は、は、ムガール支配層（イスラム教徒）とヒンズー教徒との軋轢やムガール王朝継承問題など「弱み」に付け込んで、インド内部に喰いこんでゆく。こうしたインド進出着手について、上述の過程を含めて照射してみよう。
ムガール帝国第３代皇帝アクバル（在位１５５６－１６０５年）は、１７世紀初頭には、「ヨーロッパ人が交易港として望む主要港湾地域を含めインド亜大陸の７５パーセントを実効支配していた」が、「インド・ヒンドゥー社会全般との接触は希薄」なのであった。ムガール帝国とヨーロッパ諸国は、やがてインド支配をめぐって、競いあうのである。その前に、ヨーロッパ人はまず「地元商人との接触以前に、商館設置」が必要になった。
１６０８年、イングランド東インド会社は、「綿織物の産地であるインド亜大陸にも目を向け、ポルトガル人の抵抗に遭いながらも、・・はじめて西北インドのスーラト港に船を送」り、「北インドを支配していたムガル帝国の皇帝ジャハンギールから、有利な条件で貿易を行うことを許された」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１００頁）。１６１１年、イングランド東インド会社は、現地支配者から東インドのマスリパトナムに商館設置を許されていたが（羽田正『東インド会社とアジアの海』１０４頁）、イングランドのジェームズ1世は、１６１２年のスーラトでのポルトガル船団撃破を背景に、「チュルク語を話すウイリアム・ホーキンスを大使とする使節をアグラのジャハーンギール（ムガル帝国第４代皇帝）に送って、インドにおける商館設置の承認を要請し」、ムガール皇帝から商館設置が承認された（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰）。このスーラト商館は重要であるが、「現地の支配者の統治下にある町に置かれた商館」であるために「防衛能力の点で問題があ」り、「会社の活動は、現地の支配者の意思によってある程度の制約を受け」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１１１頁）た。
１６３９年に「地元の領主の招きによって、マドラスを新たな拠点とさだめ」、関税を免除された。ムガール帝国は、「北西ヨーロッパの人々に少々の特権を与えても自らの政権や領土が危険にさらされるとはまったく思わなかった」こともあって、「オランダとイギリスの東インド会社は、ポルトガルの『海の帝国』の鎖を破り、アジアの海のほぼ全域で貿易活動を行うようになった」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１００－１０４頁）のである。
その後、インドは、ムガール帝国第６代皇帝アウラングゼブ（在位１６５８－１７０７年）の死後に息子たちが帝位をめぐって争いはじめ、帝国領はたちまち分裂、衰退し、イギリスがインドに商館を設置して進出してくる。即ち、１７世紀以降、イギリスはマドラス、ボンベイ、カルカッタに商館を建設し、１７世紀後半には、フランスも、シャンデルナゴル（ベンガル地方）とポンディシェリ（南インド）に商館を建設した。マドラス、ボンベイ、カルカッタは、いずれも要塞を備え、「現地の支配者の掣肘を受け」ず、三都市に総督が駐在し、各地商館を管轄した。各総督は評議会を主宰して、貿易業務、軍事行動、「領事業務や裁判」、「現地の政治支配者との外交交渉」などを担当した（羽田正『東インド会社とアジアの海』１１０－１頁）。
(ホ) 東インド会社興隆
３拠点構築 「特に庶民院における東インド会社独占権に対する強力な支持」が、東インド会社の成功を支援した。つまり、「クロムウェル期の残部議会(Rump Parliament)に続きステュアート期」でも航海法を成立させ、イングランドは、「オランダの仲介貿易及び海上権に打撃を与えよう」とし、さらには、「英蘭戦争の試練を覚悟してまでの積極的交易政策」を推進した。インドのボンベイ、マドラス、カルカッタは、「東方における東インド会社の根拠地の中での重要地」となった（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
この３政庁は、「東インド会社の貿易のみならず領土的拡大の中心となる」が、「１６８８年以後のボンベイとベンガルにおけるムガール帝国に対する会社の挑発的行為及び敗北によって、一時的後退を余儀なくされる」。
しかし、「この時は、皇帝アウラングゼーブの寛容的対応によって、会社は３つの政庁への特権を再度認可するfirman（勅書）を得て危機を脱」した（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
１７世紀、東インド会社は、①「要塞とその周辺に点在する会社関係の建物」からなり、「壁で囲まれ」、ホワイト・タウンと呼ばれ、「富裕な私貿易商人が居住」し、②北側にはブラック・タウンが広がり、「ポルトガルの商人や貿易業者」、「周辺から移住してきた織物商人、染物職人」ら職人、「様々な業種の商人」が居住し、③「ドゥバーシュと呼ばれる現地の事情に通じた仲介人兼通訳」を通して、「商品の買い付けや売却を行った」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１９９－２００頁）。
マドラスの植民地化 イギリス東インド会社のマドラスへの「侵略」状況を見てみよう。マドラスの東インド会社は、１６３９年マドラス地方豪族（ナーヤカ）から有利特権（要塞建設、関税折半、貨幣鋳造など）を得た。以後、５０年間、マドラス政権は、ナーヤカ政権、ヴィジャヤナガル王国、ゴールコンダ王国、ムガル帝国と交代し、「イギリス東インド会社はこれらの政権と順次交渉しながら、自らの特権を既得権益化していった」（羽田正『東インド会社とアジアの海』１９７－８頁）。ムガール帝国の脆弱な国内支配力にじわりじわり喰い込み蚕食していったのである。それに比べて、日本の国力は、スペイン、ポルトガル侵略を遮断し、オランダ東インド会社を平戸に押し込めたのである。
１６６５年、マドラスで「女奴隷の少女が現地住民である主人の乱暴な取扱いにより死亡」すると、ロンドン本社は、「マドラスにおける貿易と統治・司法という仕事を二つに分割する必要を認」め、マドラスに「司法権をも有する総督という職」が創設され、商館は「貿易に専念」することとした。総督が統治権を発揮して、「このとき初めてインドにイギリスの植民地が作られた」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２０３－４頁）と言われる。
１６８８年、マドラス市に「市長（任期一年）と参事会員（永世、１２人）の職」が設けられ、「住民税の徴収、監獄の維持管理、英語、数学などを教える学校の設立や維持、公共建造物の管理、市民に関わる司法」機関などが設置された（羽田正『東インド会社とアジアの海』２０４頁）。
国家的観点からの独占容認 １６９４年には庶民院の反東インド会社勢力は、「全てのイングランドの臣民は議会制定法によって禁じられない限り、東インド交易の平等な権限を有するとの決議」を採択した。またホイッグ政府 (Whig Junto government)は、「東インド会社の特権廃止を狙って、議会において王室への貸付金の承認を阻止する手段に打って出」て、「この動きは、東方貿易の新しい独占特許状付与と王室への融資を絡め、この権利を競売にかける行為」であり、「スコットランド東インド会社設立を妨げられたホイッグの権力者が導く新しい組織体(‘New’ or ‘English’ East India Company)が設立され、旧東インド会社(‘London’ East India Company)との間に特許状の入札価格で競争することとなる」。
新組織体が、「２００万ポンドを利子８パーセントで融資する条件提示を行った」のに対し、旧会社は「資本金とほぼ同じ額の７０万ポンドを４パーセントで融資するとの条件であった」｡こうして新組織体は「新しい東インド会社として法人化」され、「
東方貿易の独占権」が与えられたのである。ここに至って唯一の選択肢は新旧会社の合併であり、１７０９年には「連合東インド会社(United
Company of Merchants Trading to the East Indies)が設立され」、「 連合会社は、理論上はロンドン以外の外港や１７０７年のスコットランドとの合同以後はその地の商人にも同じ東方貿易参加の機会を与えるものであったが、実際はロンドンのシティーの富裕エリート層に東方貿易は牛耳られた」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
１７世紀の末期から「東方貿易は国家的な関心事」となり、「イングランドの政治・経済・社会生活における東インド会社の位置が常に話題と関心を呼ぶ」と、従来の独占・特許批判は残りつつも、「東方貿易拡大における『国家としての成功』という新しい視点が強調されるようにな」った（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
収益基盤の変更 胡椒・香辛料、茶、綿織物が「東インド会社の主要な三つの商品」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２５３頁）であったが、この中で綿織物が重要になっていった。以下、この点を見てみよう。
インド綿織物（産地は北西インドのパンジャブ、グジャラート、南東インドのコロマンデル海岸、ベンガル地方）は、細糸で繊細文様を織り出し、「色・艶・肌ざわりの点で絹とほとんど変わら」ず、「色落ちしない染色技術の高さ、美しいデザインと鮮やかな色の組み合わせ、柔らかな肌触り」があり、低廉だった（羽田正『東インド会社とアジアの海』２７８頁）。
「東南アジアでは当時すでにインドの綿織物の人気が高」かったので、オランダ、イギリス東インド会社は「胡椒や香辛料と交換するために綿織物を購入」した。このうちイギリスに持ち込まれたインド綿織物（総称はキャリコ）は、１６２０年５万点、１６６４年２７万点（東インド会社総輸入量の７３％）、１６６４－１７６０年の大部分（９年間以外）輸入総額の半分以上に増加した。インド産の高級綿織物は、北西ヨーロッパでは、当初「テーブルクロス、ベッドカヴァー、カーテンや壁掛けなどとして、邸宅の内装用に用いられ人気を博し」、１７世紀後半からは「衣類の生地として用いられるようになった」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２７８－２８０頁）。
ジョサイヤ・チャイルド（Josiah Child,１６３０－１６９９）は、１６７３年から死去まで東インド会社理事に選出され、総裁（１６８１－８３
年と１６８６－８８年）に就任した。チャイルドは、一方では東インド貿易は、「海運や造船の興隆、国民必須の物資供給（硝石）、国民消費への貢献、再輸出の利益という内実をもって「全般的な交易および海運」を増加させており、「輸入が輸出を超過するにもかかわらずイングランドにとってもっとも有益な交易であり、あらゆる奨励にあたいする」のであり、「王国全体の一般的利益になる」（杉山忠平訳『新交易論』東京大学出版会、１９６７年、２０５－２０９頁）と主張する（友松憲彦「衣の社会経済史（２）──
前工業化社会の労働大衆衣料 ──」[駒沢大学経済学論集第 35 巻第１号、２００３年６月]）。
１６８２年、総裁チャイルドは、「マドラス商館長に直接指示し、現地の仲買商に『貧民の衣類用の強く丈夫に縫えるキャリコ』を買い付けさせ、それまでリンネル製であったシフト（shift：アンダーシャツやシミューズに似た下着）を綿布にすることを試みた」。当時、キャリコと輸入リンネルの品質は「ほぼ同等」で、キャリコ価格は三分の一であったので、「リンネルをキャリコで代替することは品質面の問題は少な」かった（浅田實『商業革命と東インド貿易』法律文化社、１９８９年、１２８頁。同『東インド会社』講談社、１９８９年、５５－４頁、友松憲彦「衣の社会経済史（２）── 前工業化社会の労働大衆衣料 ──」[駒沢大学経済学論集第 35 巻第１号、２００３年６月]）。
こうして、キャリコの輸入量は増加していった。１６８０年代から９０年代、「キャリコと総称されるインド産綿織物」は、高価な絹織物に比べて、高品質で低廉な「インド産綿織物」であり、故に、これは、「イギリスだけではなくオランダやフランスなど北西ヨーロッパ諸国で大変なブーム」となったのである。しかし、安価で高品質のキャリコが輸入されると、「絹織物、毛織物、それに麻織物などの職工たちが・・不満や抗議の声をあげた」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２８１－３頁）。
こうして、１７世紀中には、イギリス東インド会社は、「収益率は高いが市場が限られている香辛料」に代わって、「高級手織り繊維製品」、「インディゴ（藍）や硝石」などを扱って「安定して利益の上がる体制」を構築した。１６６０年以降、「消費財市場が成長したイギリスでは、チンツ（捺染織布）、キャリコ、モスリンのようなインド産繊維製品に対する需要が急速に高ま」り、イギリス東インド会社による輸入額は、３６万ポンド（１６７０年）、２００万ポンド（１７４０年）と著増した。だが、「輸入増加が価格と収益を低下させ」ていたのも事実であった。そこで、チャイルド総裁らは、こうした状況のもとで、「消費者層拡大のために製品多様化の必要があり、キャリコ需要を掘り起こす経営戦略」として、「イングランドで最初の既製衣料品の大量販売」を推進した（友松憲彦「衣の社会経済史（２）──
前工業化社会の労働大衆衣料 ──」[駒沢大学経済学論集第 35 巻第１号、２００３年６月]）。
イギリス産業革命と植民地 イギリス産業革命は、こうしたインド植民地の支配・収奪とも深くかかわっていたのである。つまり、「インド織物業地域では、労働力は潤沢であり、賃金は低かった」ので、「インド商人にとっては、生産の機械化への誘引は、ほとんどなかった」が、イギリスでは、「安価さと質の両面でインドの布に追いつくために」新機械が発明され、さらに「インド、イラン、およびトルコで、何世紀にもわたって用いられてきた（染色の）諸工程は、多くの新しい応用を付け加えられて」、イギリスに急速に広がっていった（フランク『リオリエントーアジア時代のグローバル・エコノミー』３４９頁[Pacey,Arnord.1990.Technology in World Civilization.Oxford:Basil Blackwell]）。イギリスは、「国内の綿織物産業に対する保護主義とその他の刺激策によって国内市場における輸入代替を行なうことによって、自国の産業化を開始」し、次いで「世界市場への輸出促進」に着手したのである（フランク『リオリエントーアジア時代のグローバル・エコノミー』３４９頁）。
他方、「オランダやイギリスの東インド会社がいったん本国へ持ち帰ったサラムボーレや安物の織物は、ポルトガルの場合と同様、アメリカ大陸や西インド諸島で働く奴隷用に再輸出された」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２８１－２頁）。
(へ) アルメニア人利用による拡張ーレヴァント交易包摂
イギリス東インド会社のアルメニア自由商人抱込み １７世紀には、航海条例（１６５１年）と、英蘭戦争を発端として、「西欧、西アジアそして南アジアの各地には、歴史上の大変動が生じ」、西欧では、１７世紀半ばから後半にかけて、英蘭両国間で「西欧・アジアにおける交易上の覇権を巡る激しい競合が繰り広げられていた」。西欧における中継交易拠点の争奪は、①西アジアでは地中海東部を圏域とするレヴァント交易において、「生糸交易を独占していたアルメニア商人をオランダ・イギリス両国(東インド会社)のいずれが交易パートナーにつけるか」という、いわば「中継交易商人」の争奪でもあり、②南アジアでは、「インドの香料・香薬・綿布といった特定の交易品の独占のみならず、その後の両海洋帝国による覇権の先行となる『港市・商館・租借地』(居留地)の獲得」をめぐる争奪であった（重松伸司「アルメニア海商とイギリス東インド会社―「１６８８年協約」とは何か―」[立教大学ネット論文、２９１４年９月２０日シンポジウム「人の移動・移住とその記録―陸と海の近世アジア」報告に基づく執筆]）。
こういう状況の中で、１６８８年６月２２日にイギリス東インド会社副総裁ジョサイア・チャイルド准男爵と、アルメニア代表（アルメニアの卓越した商人Coja
Panous Calendar、英国ナイトのジョン・チャーダン[John Chardin]）との間の協議の結果、アルメニア側は副総裁に対し、「インド、ペルシアさらにはイギリスを経由しての西欧向け交易を、アルメニア人が一手に担ってきたその詳細を提示し」、「もしアルメニア民族がわが社から特許を得、その結果として、アルメニア人が西欧との間の古くからの交易路を変更する意向を強く示せば、それはわが顧客の利益のみならずイギリス海運の増大にも大きく貢献することになろう」とした。この交易路変更とは、第四項によれば、「アルメニア人は、イギリス東インド会社船やイギリス東インド会社が承認した自由交易船(free
ships)によって、イギリス東インド会社の要塞からインド、南海(South Seas)、中国あるいはマニラの諸港市へ航海し、かつ中国、マニラあるいはイギリス東インド会社の勅許の及ぶ域内にある諸港市においては、すべての自由イギリス人と同一の条件・税・船荷によって交易を行う任意の権利(liberty)を享受する」というものである。「アルメニア人はこれまで、インドからトルコへの内陸路交易をペルシア、アラビア経由で専ら行ってきた」が、以後アルメニア人は「イギリス経由での大々的な交易」が期待されるのである（重松伸司「アルメニア海商とイギリス東インド会社―「１６８８年協約」とは何か―」）。
アルメニア商人による東インド会社交易拡大 イギリス東インド会社がアルメニア人に対して「協約」したと考えられる具体的内容とは、①「アルメニア人の基本的な権利の付与」であり、それは「イギリスの冒険商人(adventurer)や請負商人(factor)、他のイギリス商人(自由貿易商人)たちと同等の恩恵であり」、②「アルメニア商人に対する自由交易権と特恵的な優遇措置の付与であ」り、③「アルメニア人の交易品、交易圏のイギリス東インド会社への取り込みであ」り、「更には、アルメニア海商の保持していた海洋交易圏（対トルコ交易などレヴァント交易）の包摂をも意図した」と考えられる。そのことは、「イギリス東インド会社にとっては、アルメニア商人によるレヴァント交易における独占的な生糸交易の、英国への迂回と英国商人の参与だけが目的ではな」く、「EIC（ East India Company）の狙いは、インド、南海(South Seas=東南アジア海域)、中国の交易の拡大であり、インドから東南アジア・東アジアへの海域支配の拡大というイギリス東インド会社の交易戦略の転換であった」（重松伸司「アルメニア海商とイギリス東インド会社―「１６８８年協約」とは何か―」）ようだ。
アルメニア人にとって、「イギリス東インド会社による特恵的な関税やEIC商船の利用、あるいは多様な交易品の『承認』とは・・『新たな権限の付与』を意味」せず、「それらは既存のアルメニア商人が保持していた様々な交易権益であり、新たに分与を求めるイギリス東インド会社側からの『要請』」であり、「アルメニア人の権利保障と保護を名分とした、勢力拡大」であった。一方、「１７－１８世紀におけるイギリス東インド会社の勢力拡大と海洋帝国の布石」には、「アルメニア人の交易活動とその拠点（居留地）への依存が一つの大きな要素」（重松伸司「アルメニア海商とイギリス東インド会社―「１６８８年協約」とは何か―」）となっていたのである。
従って、この１６８８年６月２２日「交易協約書」は、「イギリス東インド会社側は本格的にインド進出、特にベンガル湾岸域の拠点確保の契機をつかみ、アルメニア人側は、イギリス東インド会社によってインドにおける交易などの権益を認められたという、いわば画期的な協約であ」り、「本協約書によって、イギリス東インド会社はイギリス商人がこれまで享受してきた特権のすべてを、アルメニア商人に与えるという前例のない方策をとったのであ」り、「本協約によって、初めてアルメニア商人の経済的・社会的・政治的権利がイギリス東インド会社によって保証され、この協約を契機としてアルメニア商人がインド(及び東南アジア)への進出の契機を見出した」とイギリス側から評価されている（重松伸司「アルメニア海商とイギリス東インド会社―「１６８８年協約」とは何か―」）。
(ト) 帝国主義勢力としての台頭
フランス東インド会社の登場 フランスでは、①「東インドまでの長い往復航海の時間に耐えられるだけの商業資本が、どこか特定の港町に蓄積されていなかった」事、②「内陸に向かおうとする力と大西洋、北海、地中海という三つの異なった海へ向かうベクトルがせめぎあ」い、「それらが一つにまとまって東インドを目指すという大きな力がなかなか生まれなかった」事から、ようやく１６６４年になって、「イギリス、オランダに次いで、フランスに東インド会社が創設され」（羽田正『東インド会社とアジアの海』２９１頁）た。
コルベール（１６６４年財政総監就任）はルイ１４世（１６４３－１７１５年）に、「王国はアジア交易の利益を手にすべき」であり、「イギリス人とオランダ人だけがそれを利用している現状を打破すべき」だと建言した。「１２００万リーブル以上の巨大な資本の大部分」は、商人ではなく、「王や親族、宮廷の貴族や大臣、それに官僚」が拠出し、「運営は、王の官僚である国務評定官に任された」。１６８３年コルベール死去まで「会社の毎年の運営に公金を使う体制」が維持されたが、死後は、「ルイ１４世がヨーロッパ諸国と相次いで戦争を起こし、東インド貿易に公金を回す余裕がなくな」り「会社の運営は厳し」くなった（羽田正『東インド会社とアジアの海』２９２－３頁）。
つまり、フランスは、「マラバール海岸のカリカットの少し北に位置するマーへやマドラスの南のポンディシェリーに交易拠点を置」き、１７２５年から３０年間は「会社の経営も活況を呈」した。フランス東インド会社は、「強力な国家の支援を受けており、英仏の関係が戦争への道を歩むのも時間の問題であった」が、１７４０年頃までは「両国とも非公式協定を通じてどちらにとっても利益とならない戦争の回避に向けた努力を続けていた」。しかし、「ムガール帝国の弱体化と、特にコロマンデル海岸の土着勢力をめぐる不安要因に加え、デュプレクスやドビュシー等の指揮下でフランスがインド南東部で勢力拡張を目指したこと」が、インドにおける英仏関係の破綻をもたらし、「フランスはオーストリア継承戦争の流れで１７４６年にはマドラスを陥れ」た。この時期、「英仏ともに兵員の数は少なく、フランスの勝利もセポイの協力があってこそのものであった」が、「イギリスはフランス東インド会社の４倍程東方での交易で収入を上げて」いたという優勢が、クライヴ等の有力指揮官が「この地域からフランスの脅威」を排除する基礎となった（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
英仏東インド会社の確執 イギリス東インド会社は、１６９８年に「大規模な借款引き受けを条件として、政府が東インド貿易の独占権を別の新規事業体に与えることを決めた」ので、「深刻な危機を迎えた」。旧会社の巻き返しで、１７０９年「新旧両東インド会社の合併」で落着し、社名は「東インド貿易のためのイギリス商人の合同会社」となリ、以後「１７６０年前後までのおよそ５０年間、イギリス東インド会社は商事会社としてもっとも充実した活動を展開」（羽田正『東インド会社とアジアの海』３０２頁）した。この合同東インド会社の侵略過程を見てみよう。
「各地でムガルの王権に対する反乱が起き、統治の体制が動揺」する中、１７０７年にムガール帝国皇帝アウラングゼーブが死去すると、「政権内部で皇帝位をめぐる争いが始まり」、「インド亜大陸の政治状況はきわめて不安定となった」。「現地の政情不安をうけて、ヨーロッパの東インド会社の商館や居留地では、安全確保のために軍事力を増強する動きが目立」（羽田正『東インド会社とアジアの海』３０２－３頁）った。
１７４０年、「ヨーロッパではオーストリア継承戦争が勃発」し、「イギリスはオーストリア、フランスはプロイセン」について英仏が対立し、「それに呼応するように、南インドでもイギリス東インド会社とフランス東インド会社の軍隊が衝突」した。１７４２年、フランス東インド会社のポンデイシェリ総督デュプレクスが現地採用した会社軍が「新ナワーブ（太守）の軍隊」を破り、「インド亜大陸で東インド会社の軍隊が、兵数で勝るインドの王侯の軍隊に勝利した史上はじめたの戦い」となった（羽田正『東インド会社とアジアの海』３０５－７頁）。
１７４６年フランスのラ・ブルドネ提督が９隻艦隊を率いてインド洋上のブルボン島から駆け付け、ポンデイシェリ総督の陸軍と呼応して、「海と陸の両方からマドラスの町と要塞を攻撃」し、「イギリス東インド会社の拠点マドラスを陥落」させた。１７４８年オーストラリア継承戦争が終了して以後も、「現地の政治勢力間の対立はさらに激化し、彼らは英仏の会社に援軍を求めた」ので、１７６１年まで「二つの会社の戦争状態は依然として続いた」（羽田正『東インド会社とアジアの海』３０７頁）。こうした現地勢力間の内訌に乗じて、植民地化が進捗してゆく。
会社の政治権力化ーイギリス・ナワーブの確執 １７５６年、ベンガルの新ナワーブ（太守）スィラージュ・アッダウラは、「オランダ、フランスの東インド会社に高額の上納金を要求し、イギリス東インド会社のカルカッタ要塞を攻撃して占領し」た。これに対して、イギリスはマドラスのロバート・クライブ（カルナティック戦争時に１７４７年東インド会社の軍事担当者から英軍将校に任命）をベンガルに急派し、１７５７年にクライブとナワーブ軍司令官ミール・ジャーファルとの事前合意（勝利後に新ナワーブにするという）で、プラッシーの野でフランスと「アッダウラの５万人の軍」の連合軍を打破した（羽田正『東インド会社とアジアの海』３０９頁、堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
クライブは、「ポンディシェリーでの（フランス）降服をもって最終的にフランスの挑戦を退けて、インド植民地化の基盤を作り上げ」た。こうしてクライブは「国家的英雄となった」が、「彼のインドにおける状況把握、会社の安全保障及び国益に対する認識は、インドにおける経費削減や費用効率の高い経営管理を目指すロンドンの会社指導部とは大きな隔たりを見せていた」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
このクライヴは、既に１７４４年に、イギリス東インド会社の「マドラス（チェンナイ、インド東海岸）管区に書記(writer)として赴任し」、「低い給与をマドラス近郊での私的交易で補おうと考えていた」が、オーストリア継承戦争のインドでの余波で「会社の民間畑の仕事から軍事業務に転任となっ」て、フランスとの戦いで「マドラスの西アルコットを始めとして、カルナティック（インド東海岸南部、タミル・ナド州）における会社の軍事的地位を回復するのに見事な指導力と戦略を披露したのである」。このクライブ登場で「東インド会社も本来の経済的使命を徐々に失い、領土的拡大路線に乗ってい」き、東インド会社は、「各地の戦役での勝利、領土の獲得、それに伴う貿易の拡大によって単なる貿易会社から政治権力の行使者へ変貌していく」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）のである。
しかし、「クライヴの『活躍』は会社にとって多額の財政支出を伴い、ベンガルだけで、１７５６年の３７万５０００ポンドから１０年後にはその２倍以上の支出を計上し」、「クライヴが会社をムガール政治の複雑な網の目の中に導きいれてしまったために、支出削減も容易ではな」く、「取締役会がクライヴを罰しようとも、英国民がクライヴをインドの運命を決める国民的英雄と称えている間は一筋縄では行かないのが現実であった」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
イギリス東インド会社の性格は、１７５７年プラッシーの戦いを「境に大きく変わりつつあ」り、「ベンガル地方での前年以来の対立の基本構図は、イギリス対フランスではなく、イギリスあるいはヨーロッパ諸勢力対ナワーブ」となったのである。１７６０年には、ヴァンダヴァッシュの戦いで、「本国からの支援も十分でなかったフランス東インド会社軍が、最終的にイギリス東インド会社軍によって決定的に打ち破られ」、１７６１年「ポンデイシェリが陥落し、フランス東インド会社の挑戦は終わった」。一方、１７５９年、オランダ東インド会社はバタヴィアから１０００人の兵員をベンガルに派遣したが、イギリス東インド会社はこれを撃退し、ここに「イギリス東インド会社は他国のヨーロッパ東インド会社を抑え、ベンガル全域で急速にその政治・経済・軍事的な存在感を増していった」（羽田正『東インド会社とアジアの海』３１０－３１２頁）。
会社の政治権力化ーベンガル徴税権 １７６５年、クライブがナワーブと新アッラーバード協定を結び、①「ナワーブは軍隊を持つことを禁じられ」、②「イギリス東インド会社はベンガルとその周辺のビハール、オリッサという合計三つの州の財務長官の職務（ディーワーニー）を獲得」し、③「会社は集めた租税の中から決まった額をムガル宮廷とナワーブに送り、残額を自らの活動のために自由に使用することができるようにな」り、④東インド会社の「軍隊の俸給はベンガルの税収」で支弁するとし、「会社自体がベンガルの領主となっ」たのである。これは、「ナワーブは、イギリス東インド会社の武力援助なしでその領域を統治することが不可能」になったからである。「会社に領土の経営を任せるということは、イギリスという主権国家に領土を与えることに他ならない」（羽田正『東インド会社とアジアの海』３１３－４頁）。
こうして、１７６５年、東インド会社が「ベンガルの徴税権を獲得」すると、東インド会社は、「商事会社から領土を有する政治権力」へと変容し（羽田正『東インド会社とアジアの海』３１６頁）、「特権的貿易会社から領土支配の機構」に変貌し、「軍隊を維持し、マイソール戦争（１７６６年以後）、マラータ戦争（１７７９－８２年）などの征服戦争に熱中する、一個の国家のようなものにな」った（川北稔「二重革命の時代」[村岡健次ら編『イギリス史』３、近現代、山川出版社、１９９１年、６４頁]）。ベンガル徴税権が、「本来的に一貿易会社であった東インド会社を帝国の支配者の地位に押し上げるという大変化をも招来」したのである（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」『東京経大学会誌』 第２５５号）。
経営危機 さらに、ベンガルを中心とする地域の徴税権に「インド植民地建設の礎」を置いたことは、「ヨーロッパから銀を輸出し、アジアの物産を輸入するという伝統的な東インド貿易に構造変化をもたらすきっかけとなる」。東インド会社は、「ベンガルの徴税権を得たことで、対価を銀の形で本国から送金することなく、現地商品を買いつけることができるようにな」り、「売上高即純利益とまではならずとも、きわめて低コストでアジア物産の輸入を行うことが可能になった」のである。大ピット（１７６６－６８年の首相）は、「これを『天恵』」とし、「１７６７年に、ベンガルに対する会社の権利を認める
見返りとして、年４０万ポンドを国庫に上納する約束をさせた」。しかし、「上納金をもたらすどころか、東インド会社は、経営危機に陥り、逆に政府に公的資金による救済を求め」た。これで、「植民地経営の主体としての会社の信頼は失墜し、政府による介入の道を開くことにな」り、「その最初の帰結が、ノース内閣（１７７０－８２年）のもとで１７７３年に制定された東インド規制法」であった（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」『東京経大学会誌』 第２５５号）。この規正法は後述されよう。
クライヴは、「以後約２０年間は、ロンドンの会社指導部の確固たる方針によってではなく、インドの現地情勢によって政策が決定される状況が続き、インドでの領地拡大が進む裏で、会社は収益の減少に悩まされることとなる」。しかし、クライヴは「上記３州のディワーニーが会社の収入を約４００万ポンド増大させたと豪語している」が、「４００万ポンドとはその収入に係わる全ての経費を含んだ数値」でしかなかった。更に問題は、「会社による軍事的インド平定政策には多額の経費を必要とし、それらの経費は一般運用資金では対応できなかったこと」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）である。
アワド問題 １７６０年代は、「ベンガルの西、現在のウッタル・プラデーシュ州の一部を占めるアワド土侯国 (Awadh、Oudh とも呼ばれる)が、ムガール帝国の中で自治権の拡大と領土拡張を求め」、「アワドの太守(Wazir) シュジャゥダウラ(Shuja ud-Daulah)がミル・カシムと組みベンガルのイギリス権益の脅威とな」り、「１７６４年のバクサールの戦いでクライヴがミル・カシムとアワド連合軍に勝利してからも、１８０１年の条約によってアワド領の半分が東インド会社に併合されるまでは、会社とアワドは微妙な共存関係を維持した」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
（チ） 私的貿易問題
東インド会社は、ベンガルで、インド平定経費の増加や、東インド会社の従業員が私商人として貿易を推進してゆく事によって、東インド会社の収支は悪化し、経営危機に直面してゆく。ここでは、私的貿易問題を見てみよう。
１８世紀ベンガルは「ムガール朝インドでもっとも富裕なところ」、「もっとも商業化のすすんだところ」であり、その「富は莫大」であり、「地税収入は三〇〇〇万ルピー」もあった。そこでは、「あらゆる範囲の事業に対する「分け前」が請け負いに出され、「当時のベンガルは、東インド会社当局にとっても従業員や自由商人にとっても、きわめて有利な活動の舞台であった」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」[『創価大学人文論集』５－２、１９９３年３月]）。
α 自由貿易商人の登場基盤
植民地化の推進者 東インド会社が「政治的主権と地主制度と商業的独占との結合した権力を行使する」ばかりでなく、自由貿易商人が「ときには会社の「貿易独占」に反対し、挑戦さえし」つつ、「インド植民地支配をすすめていった」。インド植民地化の過程には、イギリス政府、東インド会社重役会、私貿易業者・自由貿易商人の三種類のイギリス人立役者がいた。さらに、この自由貿易商人は、「会社の従業員として正式に勤務していた商人と、勤務していない商人」の二種類があった（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
前述の１６８８年イギリス東インド会社・アルメニア協定書に基づくアルメニア自由商人も、国籍は違うが、自由貿易商人の系列に属するであろう。
自由貿易商人の登場基盤 自由貿易商人の登場基盤は、第一に、ナワブ（太守）の弱体化があげられる。従来、「ベンガル内陸部各地間の貿易・商品取引は、それまでベンガル大守が統轄して」、「ナワブはそれに関税を課することによって、多額の収益をあげていた」が、プラッシー以後は「自由商人の私企業がそれに介入し」て、ナワブは「著しく弱くな」った。「私的利害関係者のさまざまな陰謀が、それから約一〇年にわたって展開され、それによってナワブはしだいにその権力を奪われ、へなへなと倒れていった」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
「会社上級社員や会社軍将校」が、「東インド会社だけに許された貿易特権やインド人権力者だけが本来もっていた禁制品の取引認可権をも喰いものにして」、「個人として、ナワブや地方都市のインド人支配者相互間の争いを利用して、プレゼンツをせしめたり、略奪金をとつたりして、多額の金をむしり」とっていた。そういったことを背景に「私貿易商人たちはますます有利にかれらの貿易を強化し」、さらに「従業員であれまったくの自由商人であれ、一連のナワブ位継承戦争を助長し、それらを通じて一層多くの利得をつかんだ」。かれらは、「自由商人であったり私的業者であったから、ときには東インド会社当局の独占に反対したり抵抗したりしたが、多くの場合それを利用しときにはそれをけしかけて、ベンガルの政治的混乱をかきたて、そうしたことを通じて太っていった」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
第二に、規制解除商品が拡大していったことである。１６６７年に、「会社自身の二つの指定商品であるキャラコと胡椒とを除く」とされ、１６７０年代にそれ以外に「つぎつぎと拡大され」、１６７９年に会社当局は「結果的にはこれら広大な国々の全貿易が自由にされ、われわれの従業員がかれら自身の資金を増やすために解放されることになった」とした。「会社従業員ではない、まったくの自由商人」も、「現地総督の統制の下で生活」し、「保証金一〇〇〇ポンドを支払った人は、インドに渡航することができたし、アジア内での自由貿易の特権も認可された」。１７３６－５６年、「５９人の自由商人がベンガルに渡航しそこで活躍し」、「地方間貿易を盛んにし、居住地であるカルカッタの町を繁栄させるのに貢献」した。私商人は、外国船、ペルシア湾経由の陸路、会社船の水夫としてやって来て「ベンガルに住みつく者」もいたため、増加した（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
第三に、私商人の営業活動の自由が拡大したことである。１８世紀初めから、「東インド在住の会社従業員やその他の私商人たち」は「大いなる自由」のもとに「かれら自身の富を追及」し、「独自の計算で行動しながら、ベンガル内陸部と海上を通じてアジア各地とのいわゆる私貿易の網目をうちたてていくことができた」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
東インド会社従業員ウィリアム・ボルツ、ベンガル評議会評議員ジョン・ジョンストン、ウィリアム・ヘイの三入は「パートナーシップを組んで「商会」
をつくり、毛織物類、明暮、アヘン、木綿、ダイヤモンドの取引をし」、「所領からある王が取立てる収入取分を徴収する権利を入札によって手にいれた。さらに農民に前貸し金を与えて収穫物を安く手に入れ、その結果落ちぶれて借金に苦しむ農民に対して・・搾取した」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
ベンガル政治革命で「巨大な利益が、個々の私貿易商人のところにももたらされ」、１８世紀に「自由貿易商人の商業活動が本格的に展開され、すでに相当な実績を挙げていたから」「自由貿易」が勝利をつかむことができた（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
第四に、会社従業員の安給与を補完する必要を満たしたことである。１７世紀末に、「取締ってもうまくいかなかったし、従業員の給料そのものが安かったからそれを補うものとして」、「会社従業員がアジア各地との貿易を自由に営む権利が認められ」た（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）。
第五に、古くから長い間自由活動を狙っていたことである。私貿易業者たちは、プラッシー以前から、「ベンガル内陸部での商業取引の機会をうかがってい」て、「東インド会社は、塩、明馨、アヘンの取引を統制下においていたが、原絹、砂糖、インディゴといった商品については、私貿易業者も自由に取扱うことができた」。１７５６年のシラジ・ウダウラによる「ブラックホール事件」（ベンガル太がカルカッタを奇襲し、逃げ遅れたイギリス人１４６人は要塞地下牢に連行され、１２３人が死亡した）は、「イギリス人私貿易商人の活動が著しく成長し」たことにより、「イギリス商人に対する関税をめぐるトラブル」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」）に基づいていた。
β 自由貿易商人の具体例
まず、東インド会社の社員で、私商人として致富した人物３人をとりあげてみよう。
ヴァンシタート ヘンリー・ヴァンシタートは、１７３２年に生まれ、「ごく若い頃マドラスに送られ、相当な財産を積んで１７５１年帰国したが、すぐ消尽してしまい再びインドに戻」り、１７５９年に「ベンガル(フォート・ウィリアム)総督となったが、クライブと対立して帰国し」、１７６５年には「バークシャーに所領を買いグリーニッチに家を建て」、「１７６８年レディングから下院議員となり、６９年には東インド会社重役ともな」り、「その後ベンガルで会社の事柄を改革する監督官の一人ともなった」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」[『創価大学人文論集』５－２、１９９３年３月]）。
ジョンストーン ジョン・ジョンストーンは、「１７３１年ころスコットランドのダムフリースで生まれ、１７５１年に書記としてベンガルにやって来」て、「１７５６年にはダッカで助手となった」。「プラッシーの戦いで砲手を勤めしばらく軍務にあったが、やがて商館員とな」り、「それからアイア・クート大佐の秘書をしたあと、１７６１年にミッドナプールの弁務官となり、さらに１７６３年にはバードワンの弁務官主任となった」。しかし。「ロバート・クライブと争ったために、１７６４年免職とされた」。１７６０年に「ベンガル評議会議員を勤めていたから、それから数年間が、東インド会社員としては最高の地位についていたことになる」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」[『創価大学人文論集』５－２、１９９３年３月]）。
ジョン・ジョンストーンの兄ウィリアムは１７４８－５０年頃「エディンバラでアダム・スミスの講義を聞」き、「プルトニイ家の女相続人と結婚して、ウィリアム・プルトニイと名を変えた」。アダム・スミスは１７５２年１月９日付書簡で、ウィリアムは「私がこの四年間親しくつきあってきた若い紳士で、その思慮分別といい、その気質といい、親密さ、礼節さといったことを、私はいつも確認しておりました」とのべている。このサー・ウィリアム・プルトニイは、「のち長く議会で勢力を振った人として著名である」（浅田實「ベンガル革命と英人自由商人」[『創価大学人文論集』５－２、１９９３年３月]）。
ボルツ ウィリアム・ボルツは、１７３５年にオランダで生まれ、「イギリス、ポルトガルで貿易商としての実務経験を積んだ後、いわば中途採用の形で１７５９年に東インド会社に入社し、主としてベンガルの国内貿易に従事した」が、「会社の権威を利用した私的貿易を行ったことを咎められ、１７６６年に退社」した。その後も「私的な貿易を続け」、ベンガル州知事クライブによって「ベンガルを追放され、イギリスに帰国することを余儀なくされた」（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」『東京経大学会誌』 第２５５号）。
ボルツは、「１７６９年にイギリスに戻ると、先に帰国していたジョン・ジョンストン（庶民院議員）とともに、反クライブ、反ヴェレストのキャンペーンに力を注いだ。ジョンストンは、有力な家柄の出身で、自身を含む３人の兄弟が庶民院議員となり、いずれもインド利害に深く関わった。そジョンストン兄弟の一人が、「パルトニー家に婿入りし、姓を変えたウィリアム・パルトニー」となり、「スミスを東インド問題特別委員会の委員候補として推した」（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」）。
ボルツは、①「独占の批判ないし自由貿易の要求」、②「貿易上の特権と統治権とを切り離すべきであるという主張」を展開した。「社員の私的貿易の防止」のために設立した「東インド会社社員の共同出資による企業」たる貿易協会は「塩、びんろうじ、タバコの専売権を有し、その独占的取引で得た利益を出資者に配当」した。しかし、ボルツは、「そうした私的貿易による現地民の圧迫を防ぐはずの協会が、クライブ等の上級社員が法外の配当を受け取ることで、かえって新たな抑圧の原因になっていた」と批判する。さらに、ボルツは、ブリテンの国内貿易や東インド会社のヨーロッパ向け輸出のための貿易では一層独占の弊害があるとする（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」）。
②を敷衍すると、ボルツは自身が「貿易上の特権と行政権・司法権を一手に掌握していたベンガル知事によって追放処分に追い込まれたこと」から、「独立の司法の必要性を強く感得し」ことに基づいている。こうすれば、「現在は退蔵されている多数のインド人の膨大な資本が、直ちにかつ公然と商業に使用されることになる」とした（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」）
私商人の成長 私商人の人数は、ベンガルで１７９０年代初頭に１３００人程に達し、１７９４年には「ベンガル管区に所属した会社使用人および本国政府軍を合わせたイギリス人の約３割」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」『経済論叢』１３７－６、１９８５年５月）に至った。概ねベンガルの英吉利人の三人に一人が私商人というから、相当数のイギリス人が詞商人になっていたといえよう。
私商人の活動分野は、「(１) 海上貿易（①１７９０年代貿易額が広東からの輸出で５割、輸入で７割に達し、②船舶の所有状況で、カルカッタの私商人は１８００年時点で計３２隻・総トン数２万トン弱の船舶を所有し、会社船舶が計７３隻・総トン数７７、８４２トンの２６％に及んでいる事、③造船業ではカルカッタで私商人建造の船舶は１７８４年からの２０年間に３５隻・１７、０２０トン、次の
5年間で７５隻・３２、５０７トンへと急増した事）、(２) 内陸商業（私商人は、「前貸や融資をつうじて現地人生産者を自らの生産のために編成」し、「自身の海上貿易に供するインド物産調達機構を組織」）、(３)
各種金融活動」（「銀行業・保険業・手形取扱業など」）に区分しうる（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」『経済論叢』１３７－６、１９８５年５月）。
私商人の送金問題 利益を本国送金する際、ヨ一ロッパにおける銀評価の相対的低位性から、「送金は銀を直接送付するのではなく、一旦銀をアジア物産に投資し、それをヨーロッバで販売すること」が選好され、「ヨーロッパへの富の流出の主要経路の一つをなし」ていた（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
こうした事を背景に、１７７８年、イギリスは、東洋が「ブリタニアに富を捧げる」（バーバラ・Ｄ・メカトーフ、トーマス・Ｒ・メカトーフ『インドの歴史』７０－１頁）と、思い込み始めた。
(リ) 東インド会社の規制
規制法 １７７２年には、「植民地経営失敗の原因をめぐり、東インド利害の内外で議論の応酬が行われ」、「アレグザンダー・ダウ、ウィリアム・ボルツ等は、インド滞在経験に基づいて、東インド会社の政策を批判し、前ベンガル知事のハリー・ヴェレストがこれに反対の立場で、ベンガルの現状分析と改革案を示した」（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社―背景的考察を中心に―」『東京経大学会誌』 第２５５号）。
ハノーヴァー朝政治家達は「特許状は財産権でありその廃止は財産権侵害にあたる」と考えていたから、特許権廃止などにおいて、政府は「東インド会社への直接関与をためらってきた」のである。しかし、政府は「国家財政を危機に陥れることはできない」として、「ロンドンの会社上層部の無策と現地インド従業員の不正乱脈ぶりに対し、・・徐々に介入の姿勢を打ち出していく」。政府は、「一貿易会社が国家に代わってインドの国と同盟を結んだり破棄したりする事をよく思っていなかったし、このような主権国家の特権の侵害は、直ちに規制されなければ、ムガール帝国との戦争に発展しかねないとも危惧し」た。さらに、「経済面でも、イギリス国内産業は茶等の東方からの安定供給に依存する度合いが高まっており、東インド会社の交易政策の瓦解を最早見過ごすことが出来ない状況になっていた」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）のである。
議会でも調査委員会が「チャッサム(1st Earl of Chatham、大ピット)政権下の６７年とノース(Lord
North)政権下の７２年」に設置され、「インドの領地から上がる収益の法的権利は、会社にではなくイギリス王室にあるとして政府による介入の必要性が指摘され」た。１７７３年に、首相ノースは「『規制法』を成立させ」たが、「会社の財政的、軍事的状況の悪化は著しく、政府による何らかの対応が必要とされていた」。「会社の財政危機に対しては、ノースは破産を防ぐため会社に１４０万ポンドの融資を行」ない、「更に会社の借金体質の改善までは、会社が支払う配当も６％に制限された」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
総督 クライヴを継いだヘイスティングズ（Warren Hastings）は、１７７１年末にベンガル知事に任命され、７３年に初代総督に任命された。彼は「英国の法と正義の下での独立行政管区による強力な支配」という大きなヴィジョンを持ち、これら独立行政管区を「東インド会社に敵対する勢力との間の緩衝地域となる友好的な土侯国によって囲まれるとする理想的統治形態」としていた。彼は、「独立管区政庁周辺の地元勢力との平和共存の確立のため努力する」が、「他方で彼は、会社従業員には地域の法と習慣を尊重するように求め、インドのイギリス人判事の使用に供するために、ヒンドゥー及びイスラム法を翻訳させ」たり、「インド芸術や文化の保護者としても知られ」た（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
こうして、ノース規制法によって、「カルカッタにインドの各地を統括する行政府の長として総督職が置かれ、また司法に関しても最高法院が同じくカルカッタに設置され」、「ロンドン本社の体制も変更され、取締役の任期が１年から４年と改められ、２４人の取締役が毎年６人ずつ改選されることとな」り、「株主の株主総会における投票資格も、５００ポンドの株式所有から１０００ポンドへと引き上げられた」（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社」『東京経大学会誌』第２５５号）。
このように、会社危機の中で、規制法は、「議会制定法による特許状条項の廃止を現実のものとし、会社の憲政上の地位保全の議論を打ち破って、会社活動の全ての領域への国家介入の道を開けた」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
インド統治法整備 規制法以後のこれらの改革にもかかわらず、会社の経営は改善されず、「バークやノース、そしてフォックス(Charles James Fox)等は、議会内の特別調査委員会の議論を支配し、会社のあらゆる活動の監督を議会の委員会に委ねることを求め、 インドでの事業に対し議会による統制の必要性を論じた」。これに対し、ダンダス(Henry Dundas)や小ピットは、「インド関連人事での国王の任命権を重視することで、会社に対する王室の統制を強化しようとした」。
これに対して、アダム・スミスは、「どんな変更をしてみたところで、こうした総会や取締役会が、一大帝国を統治するのはおろか、せめて統治に参加するのに適したものになるということさえ、どう見ても不可能だ」とし、「現在（１７８４年）この会社は未曾有の苦境に立っており、ついに、差し迫った破産を免れようと、またしても政府の援助を哀願するところまで追いつめられている」（安川隆司「アダム・スミスと東インド会社」『東京経大学会誌』第２５５号）とした。１７８４年に、こうした会社未曾有の危機の中で、小ピットらは「インド統治法」を議会で成立させ、「政府による会社の政治・外交上機能の監督強化を実現させる」（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
即ち、会社は、「『規制法』(Regulating Act)以後の一連の議会制定法により、徐々にイギリス政府の統制下におかれるようにな」り、「インド統治に関する最終的責任」は、「会社の総裁」と「政府の閣僚であるインド監督庁長官(President
of the Board of Control)」（１７８４年の初代が任命され、１８５８年インド大臣に引き継がれる）の二人が担うようになった（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。インドの植民地支配の進展が、東インド会社を経済的性格にとどまらせず、政治的・軍事的性格を帯びさせ、政府の介入度を強まらせたのである。
インド植民地化が徐々に会社から政府へと移り始めたのである。新しいインド統治法により、「これまで会社が握っていたインドにおける政治・外交権限を政府が取得し」、「これまでの国と会社の法的関係の変更」をもたらし、
この新しい枠組みは１８５８年の「インド統治法」の廃止まで維持されることとなるのである（堀江博文「イギリス東インド会社の盛衰」）。
（ヌ） ベンガル総督ウェルズリの私商人依存
α 重商主義的植民地建設構想
東インド会社が衰退する中、上述の通り１７７３年にイギリス東インド会社ベンガル知事がベンガル総督に昇格して、ベンガル総督はインド植民地化を拡大していった。１７９８年にはウェルズリがこのベンガル総督に就任して、１８０５年まで在任した。
ウェルズリは、「国債制度、近代的租税制度、保護貿易制度と並んで、重商主義政策体系＝原蓄促進政策体系のうちにその主要契機をなした植民制度をインドに及ぼさんとした」。その植民地政策は、①独占によって「植民地のもたらすあらゆる権益を、いわば強権的に掌握せん」とする事、②「当該期は、英仏の過去一世紀に亘る重商主義戦争のグライマックスというべきナポレオン戦争が進行中であり、ここアジアにおいても英仏の対抗を主軸とし」て展開された事、③「ウェルズリがインド植民地化の第一義的目的を、貨幣即富なる重商主義的理解ともつながるところの、外国貿易にもとづく貨幣資本の収奪・集積に置いていた」事を特徴とする（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」『経済論叢』１３７－６、１９８５年５月）。
ウェルズリの構想は、「イギリス産業資本が、ことアジア市場に関しては、いまだ自らの生産力的優位のみをもってしては輸出市場としてそれを開拓しえない」という制約のもとに、「基本的に、伝統的なアジア貿易観を踏襲した、重商主義的植民地建設」である。これによって、「会社は自らの統治機能の拡大をつうじてインドに対する領土的支配の飛躍的拡犬を達成し、インドの生産組織に対する支配力の格段の前進と巨額な領土的歳入とをもたらし、構想実現の前提条件を一挙に整備した」が、「余りに性急な膨張政策は、実際には会社の資金的基礎を奪い、会社貿易の停滞・縮小を余儀なくするとともに、今や会社の存立さえも脅し」、「こうした会社の露呈した限界性が在インド私商人によって・・補完された」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）のである。
ウェルズリは、「会社貿易の不振を補うためには今や私貿易に期待せざるを得ず、それだけますます私商人の要求に耳を傾けざるを得ないという関係が存在」し、１８００年に「会社が財政難のためにインドでの商品買付けを削減せざるを得なかった時、彼は・・私商人参入政策を実行した」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）のである。
β ウェルズリーによる独占権修正
独占権の修正 ウェルズリーの重商主義的植民地政策で注目される事は、「貿易独占権の修正、すなわち彼によってインドに居住するいわゆるイギリス人私商人の英印貿易への参入が許されたこと」である。「私商人がアジア貿易の担い手として台頭し、ついに会社に代ってその主役の座を占めていく過程」で、「『喜望峰よりマゼラン海峡にいたる』範囲の貿易独占権を保持しつつ創設された会社は、１８世紀末より序々に独占権の緩和・喪失の過程を辿り」、１８１３年にインド貿易が解放され、次述の通り１８３３年に中国貿易が開放され、「同時に会社は自らの商業活動を停止」することになった（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
会社の貿易独占は、「元来会社貿易をもってイギリスがアジア貿易を支配することを目的に会社に与えられた保護措置であった」が、「今や、従来例外的存在であった私商人の成長により、同じ政策目標に照らして貿易独占が目標達成の反対物を生み出すに至った」。つまり、「総じて、今や諸外国のインド貿易に貢献するほどぬ私商人が成長を遂げたこと、これがウェルズリをして独占権修正に踏み切らせた基本的背景である」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
東インド会社の破綻 東インド会社の抱える問題はますます深刻化してきた。「会社の本国における財政難」は進捗し、それによって「会社の手形支払能力の減退」となり、そこから「為替レ－ト、支払期限等の発行諸条件の私商人にとっての不利化」が余儀なくされ、結局「会社手形は外国商人の振り出すより有利な手形に対抗しえなくなった」。さらに、「会社船利用の便宜拡大」において「精力的な軍事活動の与えた・・障害」として、「①本国政府の徴用にもとづく会社船の減少、②極めて割高な戦時運賃・保険料の設定、③戦争の影響による会社船の到着・出港時期の不E確化および航路変更の頻発」などがあり、加えて「両者に共通な障害として、会社が膨張政策のもたらした財政難を大きな理由にインド産綿製品に対する代替商品開発に成功していないという事」があった。
こうして「会社は膨張政策にもとづきイギリスのインド支配を格段に前進させたこと、まさにそのことによって、ここではいわば否定的ー消極的に自己の独占的地位からの転落を招いた」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
私商人の要請 フォーセット（会社主計将校にして原綿商人）を含めた「私貿易を行う使用人」と、「彼らのパートナーをなした私商人とによって主導されたボンベイ政庁」は、「原綿獲得の増進を主要目的としてグジャラート征服をウェルズリ指揮下のベンガル政庁に再三打診」すると、ウェルズリは「１８００年以降幾度かの戦争をつうじてこの地方に会社直轄地を拡延」し、その結果「この地方の原綿生産に対するイギリスの支配力は格段に強化されることになった」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
さらに、１７９０年代から私商人によって経済的交渉が急拡大したアウドに対して、略奪などから擁護することを要求して、１８００年のアウド侵攻がなされ、「アウドの半分以上の地域の併合と残りの地域に対する支配力の強化とをもたらした」。そして、「アウドからもたらされる物産の大宗が綿製品から原綿へと変化し」、「カルカッタから中国へ輸出される原綿の量も併合を境に顕著な増加をみせ」、「またアウドは本国へもたらされるインディゴの主要な産地ともなった」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
この結果、「私商人と彼らを代理人とする個人資格のイギリス人(殆んど会社使用人）」が、①会社累積の債務を引き受け、②「商業・運輸活動をつうじて軍事物資を始めとする種々の物資を会社に納入し、また兵員や物資の戦場への輸送を担うとともに、その金融活動にもとづいて会社の管区間送金の仲介等を行」い、③「元来会社使用人には私貿易を行う権利が与えられていたが、１８世紀後半以降の会社の統治機能拡大に伴い、彼らを私貿易から撤退させる方針が打出され、純粋な統治官僚への性格転化がはかられた」（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
こうして、ウェルズリの膨張政策が「独占権修正を促す重大な要因」となり、ウェルズリは「インドにおける領土的支配の拡大を含む一層徹底したアジア支配構想をもって登場」し、「会社を自覚的に統治機関と位置づけ、会社をして構想実現の主軸を担わせつつも、会社が構想実現に対し限界性を露呈するなか、私商人の活動をもってそれを補完せん」とした。しかし、東インド会社が「インドにおげる統治機関」として、また次述のように「中国貿易の担い手」として、「国際商業戦・植民地争奪戦におげるイギリスの勝利に貢献すればするほど、会社は一方で財政難の克進をつうじてその存立の基礎をますます掘り崩され、他方で前にも増してやがて自らにとって代るものとしての私商人を自身の手で育成せざるを得なくなる」のである（今田秀作「イギリス東インド会社と在インドのイギリス人私商人」）。
（ル） イギリス東インド会社と中国
α 清朝の海上貿易
１６３６年清朝が「東北の交易ブームを背景に誕生」し、１６４４年以降「中国本土支配を進め」、海賊集団鄭氏らを規制するために、「民間の海上貿易を禁止し、沿海住民の内陸への強制移住」を推進した。１６８３年鄭氏降伏後、清朝は、「朝貢以外の民間対外貿易を認めない明朝の朝貢一元体制」とは違って、「広く民間の海上貿易」を容認した。そこで、「華中から華南にかけての沿海部に海関という役所」が設置され、これが「朝貢にとどまらない海上貿易全般を管理」し、仲介商人「牙行」に貿易管理と徴税請負を任せた（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』昭和堂、２０１３年、２８４頁、２９４頁]）。
このような「緩やかな管理体制」の下で、中国の海上貿易は増加し、対外貿易では、①「日中貿易は日本の江戸貿易が貴金属流出の抑制をねらって長崎貿易を規制したため、１８世紀初頭以降は減少し」、②それに代わって「１８世紀前半には、福建省南部の港町である廈門を中心として、中国人商人による東南アジア貿易が盛んにな」り、③１８世紀後半には「広州における対欧米貿易が発展し」、④「この間、銀は一貫して流入し、中国の農村に至る景気拡大を支えた」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９５頁]）のである。
β 東インド会社の清朝貿易
１８世紀以降「中国海域でイギリスが重要なアクターになっていく」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２８４頁]）。
１８世紀末以降には、「世界貿易の拡大の中で」、「イギリス東インド会社の役割が大き」くなって、「広州の対欧米貿易も拡大」した（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９７頁]）。さらに、１８世紀末、「アヘン貿易が活性化する」が、イギリス東インド会社は「貿易停止を恐れ」て、「アヘン取引を広州で行なうことはできなかった」。そこで、私貿易商人が、「ＥＩＣ（イギリス東インド会社）に代わってアヘン貿易を行ないつつ勢力を拡大していき、やがてそれがＥＩＣを中心とする体制を打破していくことになる」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９７頁]）。イギリス東インド会社は、この時点では広州で盛行するアヘン貿易を避けていたのである。
この「広州の貿易拡大」は「清朝の管理体制の動揺を招」き、「広州の貿易管理と徴税を担っていた仲介商人たちの経営規模は欧米人商人の取引規模と比して小さいものが多く、貿易の拡大には対応できず、しばしば倒産し、その結果、清朝側はその組織を再編して管理体制の立て直しを図らざるをえなかった」が、１９世紀には「それも困難になり、貿易管理体制の形骸化は明らかであった」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９７頁]）。
１８世紀末から１９世紀初頭、「下層の沿海民が中心」となって、「中国東南沿海の海賊活動の活性化」（嘉慶海寇）が見られ、これは「沿海経済に打撃を与え」、「清朝による貿易管理を一層困難」とし、「ポルトガル、イギリスなどの関与」によって「抑える」ことができた（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９７－８頁]）。イギリスは治安回復に寄与して、中国東南沿海に食い込み始めた。
γ アヘン貿易と東インド会社
やがて、「ＥＩＣが、イギリス製品が中国で売れないために、イギリス産綿製品をインドに売って原料の綿花を購入、さらにインド産アヘンを中国に売って中国の茶や絹を得る」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９８頁]）ようとする。
日本はアヘン貿易を厳禁したのだが、中国ではアヘン貿易が行なわれたのは、「福建・広東の沿海の人びと、具体的には商人、漁民、下級の官僚や兵士、海運・水運関係者など」が「広州近郊から中国全体にアヘンを広めていった」からである。福建・広東人は「沿海貿易を制し」、沿海全体に「アヘンを供給し、そこから中国全体にアヘンが蔓延」していったのである。清朝が、貿易管理を仲介商人に依存していたから、福建・広東の商人のアヘン交易を抑えることができなかったのである。
イギリス東インド会社はこの弛緩に乗じてアヘン貿易に乗り出した。だが、清朝はこの国内アヘン問題に乗り出さずに「外国商人のアヘンを没収」し焼却したために、イギリスは焼却アヘンの賠償を請求してきた。清朝がそれを拒否したことから、「アヘン戦争が勃発」することになったのである（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９８－９頁]）。
「アヘン戦争に参加したイギリス艦隊」は、「旧式艦が多く」、主力砲艦はＥＩＣ海軍所属であったが、「火砲の性能」の優越性は顕著であったが、清朝水師は「２００年間技術的進歩がな」かったので、容易に撃破できた。清国陸軍も「十分に防備を固めていた」が、性能がおとり、「完敗を続けた」。こうした「陸海での連戦連敗」は「沿海部の清朝の官僚たちに衝撃を与え」、やがて「海賊も出没し始め、清朝は自力で沿海を統治することはできなくなった」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』２９９頁]）。この清朝敗北は、アジア諸国、特に日本に大きな衝撃を与えた。
１８４２年南京条約が締結され、「沿岸貿易だけでなく、対外貿易においても重要な役割を果たしていた」五港（広州・廈門・福州・寧波・上海）が開港され、「イギリスは貿易の拡大」を企図した。しかし、「開港後に不景気もあって貿易は伸びず、沿海はさらに混乱した状況が続」き、特に「密貿易と海賊」の横行が混乱に拍車をかけた（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』３００頁]）。
δ 東インド会社の停止
清朝は、「沿海の混乱」、太平天国乱などで、「中央財政は破綻の危機」に直面し、「その軍事・警察力も反乱への対応で手一杯」となった。ここに、イギリスが、「最大の貿易相手国」として「中国沿海部で秩序回復をもっとも必要」とし、かつ唯一「秩序回復に寄与できる能力」をもつ国として、登場しはじめる（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』３００頁]）。１９世紀中頃、もとより老大国中国を完全植民地化できる自信も力量もなかったが、イギリスは、インドと同様に、相手国の反乱対応力不足という問題に付け込んで、植民地化の牙をむき始めたのである。
こうしてイギリス海軍の比重が大きくなり、東インド会社の軍事的比重は低下する中で、既に、１８１３年のインドにおける独占貿易が終了したことに続いて、１８３３年には中国との独占貿易も終了していた。１８３３年の新特許状法で、茶と中国貿易での独占権廃止も決定され、これによって商業活動は停止となった。これによって、東インド会社は、インド統治のみに従事してゆき、１８５８年の「インド統治法」の廃止で、インドでの活動も終焉した。
まず、中国では、東インド会社に代って、イギリス海軍が、密輸と海賊の取締りにのりだしてくるのである。まず、密輸対策面では、①「１８５３年の上海における秘密結社の反乱によって税関の機能が停止したことをきっかけにして、海関（税関）の徴税機構に外国人税務司が導入され」、②その結果、「外国人税務司の監督によって密輸などの不正行為がほぼ不可能になり、税収は増大し」、③この成功を受けて、「アロー戦争による天津・北京条約でこの外国人税務司制度が全開港場に適用」され、「密輸問題はほぼ解決」（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』３００頁]）した。
次に、海賊対策としては、①「従来、イギリス海軍は海賊が識別困難であることから不介入政策をとっていた」が、深滬湾事件（１８４７年海賊がアヘン貿易船を襲撃）後に「現地海域に展開していたイギリス海軍艦艇は、海賊掃討作戦を本格的に開始し」、翌年イギリス海軍省も方針転換して掃討を推進し、「貿易に安全」をもたらした（村上衛「中国沿海世界とイギリス」[金沢周作編『海のイギリス史』３００－１頁]）。
小 括
以上の検討を踏まえて、最後に、東インド会社がインド植民地化との関連でにどのように推移し休業したのか、その植民地化はアメリカ植民地化とはどう異なっていたのかを要約しておこう。
会社経営の推移 東インド会社は、当初は香辛料貿易の不調で経営的には苦しかったが、１７１０年から１７６０年前後、イギリス東インド会社はもっとも充実した活動を展開した。だが、東インド会社の社員が薄給で私貿易に従事し、それが会社の収支を悪化させるにも拘らず、会社は苦境打開を私商人に依存するという矛盾を孕んでいた。さらに、１７６５年に東インド会社がベンガル徴税権を得ると、東インド会社は特権的貿易会社から軍隊を保持する領土支配機構に変貌し、征服戦争に従事することになった。ベンガル徴税権が、一貿易会社であった東インド会社を帝国支配者の地位に押し上げ、一会社の能力を超えさせ、経営的苦境に追い込んでいったのである。
１７７２年には、植民地経営失敗の原因をめぐり、東インド利害の内外で議論の応酬が行われ、１７７３年にノース首相は規制法を成立させ、会社は、「以後の一連の議会制定法により、徐々にイギリス政府の統制下におかれるようにな」った。だが、１７８４年には会社は未曾有の苦境に直面すると、同年に小ピット首相らはインド統治法を議会で成立させ、会社からインドにおける政治・外交権限を取り上げた。ここに「インド統治に関する最終的責任」は、「会社の総裁」と「政府の閣僚であるインド監督庁長官」の二人が担うようになった。インドの植民地支配の進展が、東インド会社を経済的性格にとどまらせず、政治的・軍事的性格を帯びさせ、政府の介入度を強まらせたのである。新しいインド統治法により、「これまで会社が握っていたインドにおける政治・外交権限を政府が取得し」、「これまでの国と会社の法的関係の変更」をもたらし、
この新しい枠組みは１８５８年の「インド統治法」の廃止まで維持されることとなるのである。
１７９８年ベンガル総督に就任したウェルズリは、私商人が会社利益を蚕食したとは見ずに、性急な膨張政策で会社貿易の停滞・縮小を余儀なくされ、会社の存立を脅したとして、こうした会社危機を在インド私商人によって補完しようとした。ウェルズリは、ますます私商人の要求で会社の貿易独占権を修正し、イギリス人私商人を英印貿易の主役にしてゆく。だが、東インド会社がインド統治機関や中国貿易担当機関として国際商業戦・植民地争奪戦を推進すればするほど、会社は財政難を深刻化させ、１８１３年にインド貿易が解放され、１８３３年に中国貿易も開放され、会社は商業活動を停止した。
アメリカ植民地化との相違 東インド会社は、アメリカ大陸とはちがって、歴史的な強大帝国での取引が中心であり、最初は植民地化の意図は持てなかった。アメリカは各地に自弁で軍事力を備えつつ弱小先住民を武力制圧しつつ建国された植民地であり、本国イギリス政府と対立した場合には各地自弁武力で本国と戦い独立することも可能であったとすれば、イギリスが大国インドを完全に植民地にしてゆく過程は、イギリスが東インド会社を使ってインドの弱点にじわりじわりと喰いこみ、最後に東インド会社を介さずに植民地化のとどめを刺すというものであった。設立当初は確かに領土の武力獲得は考えられなかったのは、既にインドには諸王国があって、まだそれらを武力占領できなかっただけである。だから、当初はアジアの物産を取引きする貿易によって利益を上げるにとどまった。
ただし、当時のインドにはムガール帝国とヒンズー諸王国との軋轢という弱みがあった。１６世紀初めに北インドに建国したイスラーム教ムガール帝国は、１７世紀初頭にはインド亜大陸の７５％を実効支配し、１７世紀後半にはアウラングゼーブ帝はほぼインド全域を支配したが、ヒンズー教徒との融和策を廃棄したことから衰退し始めた。ここにイギリスは食い込み始める。ムガール帝国は、１８世紀にはイギリス・フランスの侵攻を受けて弱体化し、１８７５年のインド大反乱で滅亡したのであった。従って、イギリスのインド侵略は、このイスラム国家のヒンズー支配と錯綜して展開したのである。ヒンズー教徒側からすれば、イスラム国家とイギリスとの二重の侵略に直面していたことになる。インド・ヒンズー社会の支配権力は脆弱だったので、ムガール帝国とヨーロッパ諸国は、インド支配をめぐって、ヒンズー社会からさしたる反抗をうけずに、侵略を競いあうこともできたのである。イギリスは当初は東インド会社の性格を転換して、それを利用してムガール帝国の蚕食をはかったが、東インド会社が経営危機に陥ると、政府がインド植民地化の表面に躍り出た。
それに対して、確かに清王朝は、漢民族と満州民族の軋轢をもっていたが、インドのような支配「間隙」はなく、むしろ大衆の反政府運動が強かったので、中国植民地化は頗る困難であった。しかし、清朝は、「沿海の混乱」、太平天国乱などで、財政破綻の危機に直面し、その軍事・警察力も反乱対応で手一杯となった。ここに、１９世紀中頃、もとより老大国中国を完全植民地化できる自信も力量もなかったが、イギリスは、インドと同様に、相手国の反乱対応力不足という問題に付け込んで、植民地化の牙をむき始めたのである。
この点、日本の徳川幕府は、交易相手をオランダ一国に限定し、欧州諸国の情報源を確保しつつ、長崎出島に押し込み、欧州諸国が国内問題を端緒に介入する余地を一切遮断することができた。当時の日本の経済力、軍事力、政治力が、これを可能にしたのである。そうした国力に基づく西欧警戒の持続は、明治維新期において、ますます侵略の牙を研ぎ澄ました欧州諸国に対して、変らず強い警戒心を抱かせ、介入余地を極力抑え、内訌（戊辰戦争）を迅速に終息させ、富国強兵策をとらせたのである。それでも、英仏両国は、幕末期に攘夷派の外国人殺傷事件を以って日本に治安能力なしとして強引に居留地軍隊を駐屯させたが、維新期にこれを危険・国辱として引き上げさせた（詳細は拙著『維新政権の直属軍隊』参照）。
インドに戻れば、こうしてイギリス海軍の比重が大きくなり、東インド会社の軍事的比重は低下する中で、１８１３年にインド独占貿易が終了し、１８３３年には中国独占貿易も終了し、東インド会社の商業活動は停止となった。ただし、東インド会社の軍隊は存続し、アヘン戦争（１８４１年）、第二次シク戦争（１８４９年）、セポイ反乱（１８５７年）に参戦し、１８７４年に配当支払いをイギリス政府が株主に約束していた期限に至って解散した。その直前に東インド会社はムガル皇帝を退位させ、１８７７年１月にはヴィクトリア女王が「インド女帝」に即位し、ここに植民地支配・被支配の構図はイギリスとヒンズー・イスラム教徒に一本化し、植民地解放にはヒンズー教徒とイスラム教徒の連帯が必要になる。
イギリス「産業革命」との関連 東インド会社の主要三商品たる胡椒・香辛料、茶、綿織物の中で綿織物が最重要になり、特にインド綿織物はキャリコと称され、細糸で繊細文様を織り出し、色・艶・肌ざわりの点で絹とほとんど変わらない高品質であるのに、価格は低廉だったから、イギリスなどに多量に輸出された。つまり、１６８０年代から９０年代、インド産綿織物は、イギリスのみならずオランダやフランスで大変なブームとなり、１６６４－１７６０年にはイギリス輸入総額の半分以上に増加した。絹織物、毛織物、麻織物などの職工たちは、この安価で高品質のキャリコに抗議の声をあげる程であった。
これが、イギリス衣料革命の触発剤の一つとなり、イギリスで、安価で高品質のインド綿布に追いつくために新機械を発明し、染色諸工程にも新応用が加えられた。つまり、イギリスは、国内市場におけるインド産キャリコの輸入代替を行なって、自国綿工業機械化を開始し、世界市場への輸出したのである。イギリス綿製品を生み出し、インドに輸出しはじめ、原料のインド綿花を購入し、さらにインド産アヘンを中国に売って中国の茶や絹を購入するようになる。
こうしてイギリス綿業の母胎の一つはインド綿業でもあったのである。
２０１８年１１月１８日 初稿 千田 稔
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